一日目・6
すると、ういいいん、とかすかな音がして、『権兵衛』の胸の、四角いディスプレイが光った。
本来なら、翼型の赤い放熱板があるところである。
まあ、あんなものが家事ロボットについていても邪魔なだけだろうけど。デザイン的には全く締まりがない。
「『権兵衛』とは、会話ができます。つまり、何か問いかけますと、このディスプレイ上で答えが返ってきます。見たくない時は、ディスプレイをオフにもできます」
真部社長は、ポケットから四角いものを取り出して、『権兵衛』に向けた。
ディスプレイが暗くなった。
「それは?」
「リモコンです。使ってみますか?」
アヤは手を差し出した。真部社長が近づいてきてリモコンをその上に載せた。
小さくて薄っぺらい黒い板状のリモコン。盛り上がった黄色いボタンは、三つ。「オン」と「オフ」と、「緊急停止」だけだ。
「なに、このリモコン?」
「『オン』『オフ』は、ディスプレイ用です。『緊急停止』は、全身用です。どんな格好でも、即時停止します。それが、安全装置その二です」
「いや、そうじゃなくて。なんか変。こんなリモコン、見たことないし」
「それは、このロボット自体が空前絶後のオリジナルですので」
真部社長は、またディスプレイをつけた。
「こっちに来い」
はい
ディスプレイに、赤い文字が浮かび上がった。
『権兵衛』は、なめらかな動きでブルーシートから越境してくると、アヤたちの近くまで来て、ぴたりと止まった。
『権兵衛』の後ろから伸びるコードには、まだ余裕があるようだ。
「命令は、声で行ってください。普通の人間並みには聞き分けることができるので、基本的にはそれで大丈夫です」
真部社長はアヤに向かって言ってから、『権兵衛』に命令を下した。
「それじゃあ、台所の皿洗いをしてみろ」
わかりました
『権兵衛』は、すべるようになめらかに向きを変えて、同じ部屋の一角にある台所に向かった。
頭をあちこちに傾けて確認してから、食洗機のカバーを開ける。次にスポンジを手に取り、流しに山積みになった食器を軽く洗っては食洗機にセットし始めた。
金属製の指を、驚くほど繊細に使いこなしている。
全部セットし終えると、洗剤の投入口に専用の洗剤を垂らし、カバーを元通りにして、食洗機のスタートボタンを押した。食洗機が作動し始める。
アヤは、ちょっと感動した。
絶対インチキだ。追い返そう。
ついさっきまではそう決めていたのに、心が揺らいでいた。