五十年後・13
誰だったっけ。見覚えがあるような。
ああ。中学校の時の同級生。喉元まで来ているのに、名前が出てこない。
いつも、不思議と目が合った。いつも、何か言いたげな顔をしていた。
でも、何もなかった。何も起こらなかった。
何かが起こりそうなときは、アヤの方がうまく逃げていたから。
その後ろにいるのは、中学校から高校まで同級生だった男の子。
わたしは、彼が好きだった。かわいい顔で、頭が良くて、おもしろくて、人気者だった。
彼の視線を捕らえたくて、いろいろと苦心した。
でも結局、何も言わないままに終わった。
わたしの方から告白なんて、したくなかった。
幻滅したり幻滅されたりするのが怖かったのかもしれない。
美しい片思いにしておきたかった。
勝手に妄想を膨らませて苦悩するのも、新鮮な経験で、悪くはなかった。
大学の、先生。
何度か、食事に誘われたことがある。
目つきが粘っこかったので、お断りした。
高校の、先輩。大学で再会した。
初めは、本当に好きだった人。
けれど、深い関係になったとたん、いやになって、別れた。
だって、彼は、わたしをがんじがらめに支配しようとした。
当然のようにわたしの行動を管理し、わたしに、彼の世話をさせようとした。
包丁を持っている時に、「全く魅力を感じなくなった」と言ったら、すんなり別れてくれたっけ。
虎三郎。大きい頭に細い手足のこども。
あんまり笑わない、かわいげのないこども。
わたしに見てほしくて、声をかけてほしくて、撫でてほしくて、必死な顔をしている。
だが、わたしはその目が苦手だった。
責められている気がした。
そんなに求めないで。
わたしは、そんなにすばらしい母親じゃない。
子どもが好きで愛おしくて、母親になったわけじゃない。
そうじゃなくても、母親にはなれるのだ。
生きていけるだけのものは、きちんと与えている。
それ以上のものを、求めないで。
親が無くても子は育つというじゃないの。何が不満なの?
わたしの時間を奪わないで。
わたしに与えられた限りある時間を、わたしは自分のために使いたい。