五十年後・11
アヤは、目の前のガボットとにらみ合っていた。
黒で描かれた、サロメ。
ビアズリーの、サロメ。
決して美しくはない。むしろ、女の業があらわれた、醜い顔。アヤの嫌いな顔。
なぜわざわざ目の前に立ちはだかっているのだろう。
中身の人間は、頭がおかしいのかもしれない。
にらみ合うことに疲れて、腹も立つし、よけてもらおうと手を伸ばすと、サロメも手を伸ばしてきた。
驚いて、手を払いのけようとすると、サロメも手を払う仕草をした。
サロメの顔に手を伸ばすと、固いつるりとした表面に遮られた。
鏡だ。
いよいよガボットに入る時、アヤはかなり抵抗した。暴れて、虎三郎とあかねにおさえつけられた。
急に意識が途切れて、その後覚えていない。
一路がアヤのために、前もって準備してくれたガボットがあると、虎三郎が言っていた。
それに入ったはずだが、まさかサロメだったとは。
なぜ?
わたしが、男に恋慕した挙句、ふられて、義理の父親に男の頭を所望するような女だというのか?
むしろ、そんな愚かな女からは一番遠いところにいると思うのだが。
こんな姿の中に、わたしを閉じ込めるなんて。
アヤは、猛烈に腹が立ってきた。
一路を見つけて、聞きただそう。
思い切り詰って、平手打ちの一つや二つくれてやらねば気が済まない。
歩き始めると、体が軽いことに気が付いた。
まるで若かったころのように、思い通りに体が動く。
それに、ずっと苦しめられてきた、腰や胸や、体中の関節の痛みも全くなくなっている。
少し進むと、鏡の迷路に入った。
いろんな大きさや形の鏡が、前や横や後ろや、上から下から、砕け散ったサロメを映し出す。