五十年後・9
一路がいなくなった屋敷の中で、アヤは、ロボットに囲まれながら生活した。
ほとんど外出することもなくなった。
そうして、年月は驚くほどの速さでするすると通り過ぎていった。
ある日、アヤは浴槽で溺れそうになった。
少し、うとうとしていたのかもしれない。湯の中に体が滑り込んで、頭まで潜った。
なにが起こったのかわからず、慌ててもがいていると、今度は手足に激痛が走った。
すると突然、頭が湯の上に出て、助かった。
アヤは手足を何カ所か骨折していた。
医者の説明では、全身の骨がもろくなっているから、ちょっとしたことで骨折しやすくなっているということだった。
サプリを飲んだり手術をしたりするのもいいが、この頃は、ガボットを着けることが主流になっているそうだ。
甲殻類や昆虫の外骨格のように、安定して体を支えてくれるから、おすすめだと言われた。
アヤはできるなら着けたくないと抵抗してみたが、体に走る激痛と、今後どこが折れるかわからないという恐怖は耐えがたいほどだった。
「ガボットを着ければいいのに」
見舞いに来た虎三郎が言う。あっけらかんと。
「なんで着けないの?」
アヤは、むっとした。
「あなたは、母さんがロボットみたいになってもいいの?」
「だって、俺を育ててくれたのは、ロボットだよ」
アヤは瞠目した。
言い返せなかった。
虎三郎のためのシッターロボ。おもちゃロボ。教育ロボ。寄り添いロボ。
いつも虎三郎は満足しているように見えたので、ロボットたちに任せきりだった。
だって、彼らは信頼できるから。
人間のように、こっそりと悪さをしたり、命令に背いたり、さぼったりしないから。
「母さんは、いつも合理的だ。無駄に感情的にならない。俺があかねを連れてきた時も、何も言わずに迎えてくれたよね。ちょっとくらい怒ったり泣いたりするかもしれないと思ってたけど」
虎三郎がお腹の大きいあかねを連れてきたのは、まだ大学生になったばかりのころであった。
子孫が増えるのはいいことだ、と一路が言うので、まあそうかと迎え入れたのだ。
少しくらい家族が増えても、どうということもない。屋敷は広く、ロボットはたくさんいて、事業は順調だった。
後継者が増えるのは、悪いことではなかった。
「母さんは、無駄なことは嫌いだよね。いつも、会社と父さんのためになるように、効率的に。最小の力で最大の結果を出せるように。
研究や開発は父さんしかできなかっただろうけど、会社をここまで大きくしたのは母さんだと、俺は思っているよ。
でも、俺には、母さんはロボットみたいにみえる。母さんがロボットになるっていっても、何とも思わないのは、そのせいかな」
「あなたも、年取ったら、ガボットを着けるの?」
「さあ。俺が年取るころには、また事情が変わっているかもしれないね。もっと自由に、自分の最期をデザインできるようになっているかもしれないね」