五十年後・5
「それに、自分の世話を人に頼まなくてもいいのは気が楽だと思うよ。ほら、食事の介助とか下の世話とか、入浴とか。少なくとも、俺はそうだな」
「でも……ごはんとか、自分の口から食べたくない?」
「俺は、別に。食事にかける時間がもったいないし」
そうだった。
一路は、食事に執着が無かった。
しかし、エネルギー源はどうしたって必要だ。だからいつも、食事はアヤが一路の机の上に運ぶ。すぐに捨てられるように、紙皿と紙コップを使ってと頼まれている。
一路は皿の上を見もしないで、何か作業をしながら、手づかみで、そそくさと口に放り込むだけだ。
一路がそんな風だから、アヤもゆっくりと食事することがない。家族そろって食卓を囲むのは、虎三郎の誕生日くらいだった。
一年に一度のその食事でさえも、一路は面倒がって、そそくさと切り上げたがった。
「普通の人は、食事するのが楽しみなものよ」
「年取ったら、どうせ柔らかい物しか食べられなくなると思うけど」
「この頃は、いろいろと工夫があるのよ。柔らかいけど、元の形に成形していたり。固さも調節できるみたいよ」
「そうか。まだそこに改良の余地があったか」
一路はぶつぶつつぶやきながら、自分の世界に戻っていった。
それからほどなくして、「食べている気分になる」機能が、ガボットにつけ加えられた。
自分の手で、箸やカトラリーを使っている気分で、食べ物を口で食べている気分になれる。食物の歯ごたえ、匂いや味、食事中の音もする。
新しいガボットにはデフォルトでついている。今までのガボットには後付けできる規格になっており、これもまたヒットした。
一路は、七十歳の誕生日に、ガボットを着ることを自ら決めた。
「なんだか、集中力がなくなって、若いころの二倍の時間と労力が必要になってきたんだ。これじゃあ、時間がかかって仕方がない。ガボットに入ったら、起きている間の時間を全て研究に充てられるようになる」
「でも」
「きみは、どうする?」
一路は、アヤにも同じようにしてほしいらしかったが、アヤはどきりとした。
いやだ。まだ、入りたくない。
アヤも、自分の体力が衰えていることは自覚していたが、だからといって、まだガボットに入る勇気はなかった。
「わたしは、もう少し、自力でがんばってみる。そんなに働かなくても、若い人たちががんばっているし」