三日目・10
アヤは、あきれた。
そのままにしているのも嫌なので、スタッフを呼ぼうと呼び鈴に手を伸ばした時。
「何でこうなるんだ……」
真部がいきなり、カトラリーを放り出して頭をかきむしった。
「ちょっとちょっと」
「漏れのないように、綿密に考えたはずだったのに……なにがいけなかったんだろう?」
「……なにを考えたの?」
「どうしたら、あなたに、対等な立場で、半恒久的にわたしのそばにいる気になってもらえるかと」
アヤは、ぷっと吹き出した。
なんだか、胸の奥底がじんわりと温かくなってきた。
アヤは衝動のままに席を立って、真部の真横に立った。
「どのくらい考えたの?」
「それはもう、徹夜で、あらゆる場合をシミュレーションして、どんな事態にも対応できるようにと」
「馬鹿ねえ」
真部は、きっと目を上げた。
「馬鹿と言われたことは、初めてです」
「それでも、馬鹿よ。お馬鹿さん。……世の中には、はっきりさせないほうがいいこともあるのよ」
アヤは、つと手を伸ばした。
艶のある柔らかい黒髪を撫でてみた。
驚愕した真部の目に手を当てて、視線を遮ると、頬のあたりに口づけした。
ここまでは、まだからかいの気分だったと思う。
ヒゲは濃くないと思っていたが、唇にざらっと固い感触がした。
全く予想もしなかったことに、その瞬間、アヤの中に欲望の火がともった。