三日目・9
真部は、フォークとナイフを、一旦肉料理の皿の上に置いた。
「わたしにたいして、誠実であることです」
ん?
意外と、まともな答えじゃない。
「嘘をつかないってこと?」
「少し、違いますね」
「愛するってこと?」
「それとも、少し違うと思います」
真部は、テーブルの上で両手を組んだ。
「愛するってことは、憎しみと裏腹で、愛するあまりに、人間は馬鹿げたことをしでかすことが少なくない。そうでしょう?
わたしは、そんな不安定なものはいらない。
嘘をつかないというのも、事実をそのまま述べるということは、そもそも人間には難しいと思いますね。一人一人それぞれの色の眼鏡がかかっているのだから。
それに、嘘をつかないことを重視しすぎて、かえって身動きが取れなくなることもありますよね」
「じゃあ、どういうこと?」
アヤは、自分も手が止まっていたことに気づいて、フォークとナイフを休めた。
「あなたのやり方でいいから、わたしのためになるように考えて行動してくれること。
わたしの足りないところを補うこと」
「あら、それでいいの?」
それって、一般的な夫婦像ではないか。もちろん、うまくいっている夫婦だが。
真部は、ちょっと眉をひそめた。
「簡単なことではありませんよ。求めていることが全く行き違うのはよくあることです」
「でも、わたしののやり方でいいのなら、同じことじゃないの?」
「……それはまだわかりませんね。まあ、人間だから、間違いはあると思います。
でも、そうですね、八割がたうまくいけば、それでいいと思いますよ。あとの二割には、よほどのことでない限り、目をつぶりましょう」
なに? 偉そうに。
上から目線で、何様のつもり?
アヤはむかむかしてきた。
変人もいいところだ。何が言いたいのかわからないし。頭はいいのかもしれないが、なんとかと紙一重だ。つきあうのもくたびれる。
「すみません、わたしじゃあちょっと、ご期待に添いかねると思いますわ」
にっこり笑って、再びカトラリーを取り上げ、肉にパクついた。
せっかくだから、食べるだけ食べて、さよならしよう。
料理にも、店にも、罪はないのだし。悪いのは真部社長だけだ。
その時、何かがびたっと床に落ちた。
音の方に目をやると、食べかけのひれステーキが、フローリングの上で居心地悪そうに固まっていた。
真部の方を見ると、カトラリーを持ったまま、固まっている。
絶望という題で寸劇を作ったら、こんな光景になるのではないか。