三日目・6
注文を終えて、二人だけになると、急に気まずくなる。
静かに穏やかなクラシック音楽が流れているが、気まずさまでは和らげてくれない。
どうして個室なんて取ったんだろう。困る。
手持無沙汰にグラスの水を少し含んだところで、やっとアヤは幻惑から覚めて、自分を取り戻した。
ひょっとしたら、この人は、私のことが好きなのかしら。
社長を見ると、水ばかり飲んでいる。
緊張しているのかしら。
かわいいところがあるじゃない。
急に気持ちが楽になって、アヤは意地悪く社長を観察していた。
小柄でほっそりしているが、少年のように若々しく見えると言えないことも無い。
がんばって固めた頭髪は黒々と柔らかそうで、メガネの向こうの顔立ちは、表情に乏しいが端正だ。
アヤをちらりと見た社長は、視線が合ったので、赤くなって横を向いた。
「すてきなお店ね」
「……知り合いがやっている店で。多少は無理を聞いてもらえるんです」
「どうして、こんな高級なところに連れてきてくれたの?」
「どうしてって……それは……」
「聞こえないわ。はっきり言って」
獲物を追い詰める快感。
「あなたは女で、わたしは男だ。わたしは、生物学的にあなたと結ばれたい」
アヤは、目が点になった。
「……つまり、それが理由です」
社長が、うつむいてぼそっと付け足した。
アヤは、必死に笑いをこらえた。
社長は、大真面目な顔をしている。
この人は、絶対にもてないだろう。
こんな口説き文句でよろめく女がいたら、見てみたいものだ。
しかし、嫌な気はしなかった。
手垢のついていない、まっすぐな言葉。
今まで、こんなに直接的にアヤを求めてきた男がいただろうか。
まずは軽く接触する。相手の反応を見ながら、これは大丈夫そうだと確信をもった時点で踏み込んでくる。
振られた時に傷が浅いように。すぐに忘れられるように。
それが普通だ。
だが、この人はそんな常識など持ち合わせないのだろう。