三日目・5
マンションの下に下りると、乗ってください、と社長が助手席のドアを開けた。一目で高級車とわかる。
「これ、社長の車?」
「そうですが」
「ふうん。いい車に乗ってるのね」
会社から帰って、着替えずにいてよかった。
アヤは、普通の顔を保つように気を付けながら、そろそろと助手席に乗り込んだ。
「ああ、真部一路だけど。今から、二人で行くから、席を取っておいてくれないかな。静かな席がいい」
真部社長は運転しながらイヤホンをつけて、どこかの店に予約を入れている。
運転はなめらかで、上手だ。
ごくかすかに、ジャズが流れている。車内が静かなので、ボリュームを上げる必要がないようだ。
座り心地のいいシートに深く腰をかけて車窓から眺めれば、あかりが灯り始めた街は、まるでおとぎの国の入り口。
変なオタクだと馬鹿にしていたけど。意外。こんな面があったなんて。
車を停めたのは、そう遠くない、街中の地下駐車場だった。
「ここの三階のレストランです」
駐車場からエレベーターで三階に上がると、上品なエントランスの奥に、優雅な銀の飾り文字がついている木目調のドアがあった。
店名を読み取る前に、社長がドアを開けてくれる。
背を伸ばして先に入ると、蝶ネクタイの男が、真部様ですね、どうぞと出迎えた。
品よくお金がかかっていることがわかる個室に通されて、アヤは、正直気後れした。
そこら辺の大衆レストランに連れていかれるものと思っていたのに。
「なんでもお好きなものを注文してください。ここは飲み物も充実していますよ」
厚みのあるメニューを渡されて、ちょっとめくってみたが、アヤはすぐにメニューを返した。
「わからないので。社長が注文してください」
「苦手なものはありますか?」
「いいえ」
苦手なものなんて言ったら、ばちが当たりそうだ。
水差しなど持って来たスタッフと話し合いながら注文をする姿を見て、アヤはますます意外な気がしてきた。
さっきまでは堂々としている印象だったのに、威張っている様子でもないし、どちらかというと戸惑っているように見える。