-三十日目・9
頭はさすがにためらったが、一路に促されて、後ろ頭をロボットの後頭部の空洞に置いた。
頭部の内側にはクッション材のようなものが張られている。高級な枕に支えられているようで、意外と寝心地がいい。
「ようし。ちょっと、一瞬、閉めるから。苦しかったら、両手を上げろ。すぐに開けてやる」
と言いながら、一路が素早く顔にもかぶせて、脇のファスナーを閉じた。
慈良は驚いた。
鼻と口がやわらかくぴったりと覆われた。
一瞬パニックに陥りかけたが、一路が自分を殺すはずがない、と思い直した。
落ち着いて呼吸をすると、思ったほど苦しくない。
そう言えば目の方も、少し視界が狭くはなるが、よく見える。
「どうだ、慈良?」
苦しくはない、と言ったが、声はクッション材に飲み込まれる。外にはとても届かないだろう。
慌てかけた慈良の目の前に、一路がずいと顔を寄せた。
「目の前に、五十音表が見えるだろう? お前の視線の動きで、言いたいことを、ディスプレイに表示できるようになっている亅
慈良は、く、る、と目を動かした。すぐに言葉の候補が浮かぶので、選んで、決定した。
意志を伝えることは難しくはなさそうだ。
「……ああ、『苦しくない』んだな。……よし、立ち上がってみろ」
慈良は、いつものように膝を立ててから肘をついて、立ち上がってみた。
昔、着ぐるみのアルバイトをしたことがあるが、それよりはずっと動きやすい。
一路が向こうから細長い鏡を持って来た。
「ほら、命が入ったマジ魔人だ!」
鏡に映ったロボット。
慈良が右腕を上げると、ロボットの左腕が同じように上がる。左足を上げると、右足を上げる。
慈良は楽しくなってきた。
頭を横に倒してみる。手を大きく振ってみる。
ガッツポーズしてみたり、シナをつくってみたり、四股を踏んでみたり、思いつく限りのポーズをとってみる。
もちろん、いつもよりは動きは制限されるが、関節が動かせるので、さほど不自由を感じない。
息苦しさもない。