-三十日目・7
細かいことは言わぬが花で割愛するが、実験は成功した。
だが、慈良は月まで行って帰ってきたくらいの感慨と疲労感を覚えた。
「で、お前は、あの綿をどうするつもりなんだ? おむつか?」
一路に聞くと、
「ばーか」
一路に馬鹿と言われるのは慣れている。実際、一路からしたら慈良はいらいらするくらい馬鹿だろう。
「おむつ! とんでもない!」
一路は鼻で笑った。
「俺が考えているのは、もっとでっかいことなんだ。ふふふ、驚くなよ」
驚くなと言われても、それ以上のことを語らなかったので、慈良は驚きようもなかった。
それから数日後。
慈良は、タヤマ製作所を訪れた。
赤茶けた色がベースの大きな空間に、様々な金属材料と、大きく重厚な機械。切ったり、打ち抜いたり、曲げたり、叩いたり、展ばしたり、くっつけたり、溶かしたりする道具たち。あちこちで金属を加工する高い音や衝撃音がやかましく響き、溶接の火花が散っている。夏ではないのに、じっと立っているだけでも暑い。
懐かしくてあちこち見回していると、慈良を見つけた元仲間たちが、親し気に話しかけてくる。
「今日は、仕事で来たんだ。社長さんはいるかい?」
「おう、慈良、久しぶりだなあ」
懐かしそうに出てきた社長を、慈良は外の軽トラに案内した。
荷台の覆いを取ると、金属のシートが積まれている。
「なんだ、合金か? アルミ系?」
「そんなものです。これで、こんなものを作ってほしいんですが」
図面を取り出して見せると、社長は妙な顔をした。
「これって、俺がちっちゃい頃に流行った○○ンガーZ、だよなあ。なんだ、そっち系の仕事か?」
「ええまあ」
慈良はあいまいに笑った。
「ちょっとオレには細かすぎて難しくて。ここだったら、なんとかしてくれるだろうと思って」
社長は広いシート状の合金を触って見て、少し眉間にしわを寄せて考えていたが、なんとかなるだろうと引き受けてくれた。
「他でもない、慈良の頼みだ。それに、おまえの所の、『孫娘』には助かったしなあ。……やってみるよ」
「孫娘」、というのは、一路と開発した孫の手の商品名である。
開発したものを商品化するにあたっては、タヤマ製作所に依頼することが多かった。
引き受けてもらえたので、慈良はほっとした。
「できれば、口の堅い、メンタル強めで、腕のいい奴に引き受けてほしいんです。兄の一路のたっての希望で」
「あ、ああ……」
社長の顔が引きつったように見えた。
「深山がいいかな」
「オレもそう考えていました。細かいことは、兄の一路と打ち合わせてもらわないといけないし。合金の性質とか、注意点とか、詳しいことは一路じゃないとわからないので」
深山は、若いが、うってつけの人材だ。寡黙で、一路からいろいろと言われても、黙々と丁寧な仕事をする。
代金のことなど細かいことを打ち合わせて、帰り際に、慈良はつけ加えた。
「ああ、それから、頭の部分は、なんでも好きな形にしてください。図面通りでなくて構いません」
「なんでも? こっちで決めていいのか?」
「はい。なんでも。遊び心で大丈夫です」