猫を観察しよう!
前回のあらすじ、スズを叱ろうとしたリリー。
そこは少々奇妙な場所になっていた。行き止まりにあった木箱の山は乱雑に散らかり、石畳は所々粉砕され、血塗られていた。そして極めつけは、それらの原因となった三人の少女たち。
カフェの正面に面した路地にいた彼女らは、各々が奇抜な格好をしており、もし人が通れば注目を浴びていたであろう。
そのうちの一人、人形のような少女は気絶から覚めたようで、おもむろに目を開く。
彼女が最初に目にしたのは、二人の少女の姿で...
「お、目を覚ましましたね。人が来ないかひやひやしましたよ」
ちんちくりんな少女と杖持ちの少女が、彼女を見下ろしていた。二人に敵意が無いことを確認すると、人形のような少女は状態を起こす。
すると違和感を覚える。彼女の腹部の痛みや、かすり傷の痛みが完全に引いていたからだ。
「ほらスズ、謝ってください」
「す、すみませんでした、店員さん... つい楽しくなってしまいました」
そして杖持ちの少女の人が変わった様子に再び違和感を覚える。
「お姉さまたち... 一体何が目的ですか?それにどうして腕や背中の傷が完治しているのですか?」
するとちんちくりんな少女は、彼女をじっくりと見つめる。まるで観察するかのように、顔の隅々や腕までじっくりと見つめる。そしてなにかの結論にたどり着いたかのように口を開き...
「ちょっと人探しをしていましてね、探偵みたいなものですよ。あなたの弟さんに用があるんです」
「... 」
「どうしましたか?」
その言葉に、人形のような少女は服の中から無機質な人形を取り出し、二人の少女にそれを見せつける。
「私、この子たちと一緒にいるのが好きなんです。私と一緒にいてくれて、私のいう事を聞いてくれるから。でも... 」
するとなにやら空中にある何かを掴み、左の親指にはめる。良く見るとそれは糸で出来た輪っかのようだ。
「人に操られるのは嫌いです」
そして人形を《空中に置く》ようにして手を離し、左手を掲げると... 人形がふらふらと浮き、じっくりとちんちくりんな少女を観察しているように顔を揺らす。
「お姉さま、私をいいようにしようと思わないでください。探偵のようなもの?あなたたちのように奇妙な格好をし、おかしな精神構造をした探偵がいるものですか」
人形のような少女は、浮遊する人形の陰から顔を覗かせ、人形と共にちんちくりんな少女を睨み、威圧する。
「こんな変な人達を弟に会わせて、何も害が無いと。そんな風には到底考えられません」
だがちんちくりんな少女はその奇妙な動きには動じない...
シュッ、ガキン...
人形のような少女が一度瞬きをしてしまうと、空中を舞っていた人形たちは力無く膝に落ちる。
「穏便にいきましょうよ。私たちはあなたの敵だって言っているんじゃないですよ?むしろ逆です。あなたの味方なんですよ。あなた、弟さんの事で何か困っているのでしょう?それの原因を解明したいだけなんです」
「... 」
人形が落ちた事にも、少女のおかしな発言にも表情を変えない。
そんな姿を、ちんちくりんな少女はじっくりと観察する。
「とりあえずついてきて、話を聞かせてください。ここにいたらカフェの人に見られるかもしれないですから。どのみちあなたに拒否権はないんですよ、スカートの中にもう二体、両手の小指の糸に繋がった人形がいることも分かっているんですから」
「... この子たちをあなたの前には出しませんよ、小指は秘密を象徴しますから」
その言葉に、ちんちくりんな少女は少しだけ眉を潜める。
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夕日に照らされた白猫は、伸びを止めたかと思うと、メイド服の少女をジッと見つめてくる。
そしてテーブルから近くのベッドに乗り移ると、あっけに取られたメイド服の少女のそばへと、優雅に歩いていく。
「タイランお嬢様... はどこへ?」
困惑するメイド服の少女のことなど気にせず、白猫はメイド服の少女へと顔を寄せ、手の甲へその毛深い頬を触れさせる。
その様子にメイド服の少女は強張った顔を一瞬緩めるが、猫から手を離し、すぐに表情を正す。
「お手洗いに行かれたのでしょうか?... いえ、このリボンは... 」
猫の首の方を見ると、なにやらリボンが乱雑に巻かれているのが分かる。それは赤く、細長い物で、メイド服の少女の良く知る物だった。
「タイランお嬢様の... リボン?」
「ウニャ?ニャー... ニャー」
確認するとおもむろに白猫を抱き上げ、体を寄せる。
「もしかしてこれが私の... 願い?意味が分かりません。これはタイランお嬢様なのでしょうか」
テーブルの上の紅茶は半分程空になっていた。
それを確認した後メイド服の少女が顔を見つめると、白猫はくねりと体をよじらせる。
「っ!?」
その様子に頬は若干緩み... メイド服の少女は後ろ手にドアを閉め、ベッドに猫を座らせ、しゃがんで目線を合わせる。
自然と背中の方に両手が伸び... 撫でてやると、白猫は気持ちよさそうに目を細める。
「猫... 飼おうと考えたことはあまりありませんでしたが... 」
少しすると、白猫は両手を振り解き、優雅に窓の方へと歩いていく。
「良いものですね。とても自由きままに生きておられます」
白猫がベッドの端まで来ると静止し、テーブルの上に飛び乗る。するとじっと見つめるのは、ミルクの入ったポットだ。
「趣向まで猫に似ておられるのですね... タイランお嬢様、今お出しします」
その様子に、メイド服の少女はソーサ―からカップを退け、そこにミルクを注ぎ白猫に差し出す。
少量のミルクではあったが、舌で舐め取る時にはねさせ、口の周りやヒゲを汚してしまう。
「タイランお嬢様、もう少し落ち着いて... 」
ポケットからハンカチを取り出し、白猫に近づけようとするが、なぜかメイド服の少女はその動きを止めてしまう。
「... なんで、私を解任なされるのですか、タイランお嬢様」
白猫は不思議そうにメイド服の少女を見上げるが、彼女はその動きに反応しない。
「私を解任されたら、一体誰がタイランお嬢様の食事中の面倒を見るというのです... 誰が散らかったお部屋を片付け、誰がお召し替えのお手伝いをするというのですか... 」
絞りだしたような声を出すメイド服の少女だったが、白猫は意に介せず、開いた窓の方を振り向き、歩みを進める。
「... っ!?タイランお嬢様... 本当に勝手なお方です」
メイド服の少女は思わず涙をこぼしてしまう。
「私はただ、タイランお嬢様のおそばにいられるだけで良かったのに... 」
白猫は窓枠に身を乗せると、我関せずといった風に寝そべる。
「... 」
メイド服の少女は、取り出したハンカチで涙を拭き取り、白猫を見つめる。
「やっぱり私は... タイランお嬢様の... 」
そしてまるで布団で包み込むかのように、白猫の体で両腕を覆う。
「おそばにいたいです」
「メイずるいぞ!俺もその猫のそばに寄りたいぜ!」
同時に、ドアが開く音と共に、開いた窓から風が吹き... カーテンを揺らす。
奇妙な事に、白猫は窓枠に寝そべったままなのに、部屋の入り口の前には大剣持ちの少女が立っていた。メイド服の少女は、思わずその二方向を無表情で交互に見比べてしまう。
「タイランお嬢様?」
「俺にも撫でさせろ!」