人形と楽しもう!
前回のあらすじ、スズが楽しめそう。
人形のような少女が抱いているのは、二体の無機質な人形だ。そのうち一体のぷっくりとした手には包丁が握られており、うっすらと血がついていた。
「本当に奇妙なお姉さまです。戦いに飢えているはずですが、武器を持っていないようですね。どこかに隠し持っているのですか?あるいは... 」
相対する杖持ちの少女は、杖を地面に対して垂直に置き... 手を離す。
すると当然その杖は物理法則に従って倒れ...
カランカラン...
音を響かせる。
「... 拳」
その音を合図に杖持ちの少女は足を踏み込み、石畳の地面をへこませ、人形のような少女へ一直線に駆けだす。
対応するよう、人形のような少女は右手の中指を素早く曲げると、崩れた木箱の中から新たに無機質な人形が飛び出し、杖持ちの少女を背後から襲撃する。
「これは能力ではありません。ならば当然仕掛けはあります」
気配を感じ取った杖持ちの少女は、人形が自身に達する前にいち早く人差し指を自分の顔の横に掲げる。
するとピンと何か空中で光る物に触れる。糸だ。
瞬間、人形の軌道は少し横に逸れ... 持っていた包丁での攻撃は空を切る。
人形のような少女は慌てて後ろに逃げようとするが、少し遅かった。
杖持ちの少女が間合いに入ってくる。
「早いですね... 突きの動きが見えませんでした... 」
人形のような少女の顔があった場所には拳が振るわれていた。だが彼女は背中を逸らし、紙一重のところで拳を避ける。
「お姉さま、確かに私の子達は糸で動かしています。ですからそれを逆手取り、糸に触れられれば、この子の動きは逸らされてしまいます... ですが」
すかさず杖持ちの少女が体をひねり、膝蹴りを放つが... それも届かない。
「糸というのは厄介なものです」
ドサッ
人形のような少女が右手の中指を曲げると、なぜか杖持ちの少女の膝は横に逸れ、バランスを崩し、背中から転んでしまったからだ。
「あら?」
「お姉さまが先ほどの子の動きを逸らしたので、その子の糸を足に巻きつけました。もちろん糸を引っ張れば... 」
そして寝転んだ杖持ちの少女の足目がけ、無機質な人形が襲い掛かる。
「とてもお上手です。ですが... ふ!」
ぷちっ
だが、いち早く糸が絡まった両足で人形を蹴り飛ばし、人形を操っていた糸を切る。
その様子を確認すると、人形のような少女は間合いを取る。
「面白い戦い方です、他の技も見せてくれませんか?」
「お姉さま... 手加減をしていましたね。このように糸を切るほどの力があるとは... 」
「すぐに終わってしまってはつまらないですから」
「... 絶対に後悔させます」
**********
夕陽が窓から差し込む頃、宿の廊下にて。
メイド服の少女は『散歩したら喉が乾いたぜ!なあメイ、茶を持ってきてくれねえか?』という主人の要望に応えるため、トレーの上にティーセットを抱えていた。
いつも通りの無表情を貫いていたメイド服の少女だったが、何を思ったのか、部屋の扉のそばの花瓶が置いてある台にトレーを置き、ポケットをまさぐる。
「タイランお嬢様のご意思とあれば、私が口を出す権利はありませんでした。ですが... 」
そしてポケットから取り出すのは、ピンク色の液体が入った試験管だ。窓からの光にそれを照らすと、きらりと輝くのが分かる。
「最後に一度だけ... 私のわがままを通してみたい」
次に腰の鞘から空いている手で剣を抜き、試験管を持った手の親指を切りつけ血を流す。
「リリー様がタイランお嬢様に騎士団長の道を勧め、リリー様が私にこのお薬をくださった。タイランお嬢様がなぜ私に解任を言い渡されたのかは分かりませんが... リリー様は、私がこの薬を使う事を想定しておられたのでしょうか」
最後に剣を収め、空いた手でコルクを抜き、傷口から流れる血を試験管に入れる。そして試験管の赤い液体とピンクの液体が混ざっていく姿を眺め、その中身をティーカップに入れる。
「私のタイランお嬢様に対する潜在的な望みが叶う、とリリー様はおっしゃいました。一体どんな事が起こるのでしょうか... 」
コンコンコン...
「おうメイ遅いぞ、入ってくれ!」
「失礼します。すぐに紅茶をお淹れいたしますね」
大剣持ちの少女は開いた窓の外を眺めながら、椅子の前足を浮かせ、後ろ足だけで支え、グラグラと遊んでいる。
「お待たせしました」
「おうっ」
メイド服の少女は仕事が終わるとベッドに腰掛け、事を見届けようとする。
「外からの風が気持ちいいな」
大剣持ちの少女はおもむろにカップを手に取り、口までゆっくりと運ぼうとし...
なぜか静止する。
「メイ、この紅茶... 」
そして紅茶をじっくりと見つめ、何かを考えているようだ。
「... いかがなさいましたか?」
メイド服の少女は思わず腰を浮かせる。
すると大剣持ちの少女は振り向き...
「良い香りだな!ここら辺で取れたやつなのか?」
「... はい。宿の従業員の方に用意していただきました」
浮かせた腰を落ち着かせ、動悸を意識しないよう手を強く握る。
再度紅茶へと向き直り、口へ運ぼうとする大剣持ちの少女。そしてくちびるへカップを当てる手前...
なぜか静止する。
「なあメイ」
そして振り返る。
「いかがなさいましたか?」
ティーカップを持ったまま椅子をグラグラとさせ遊ぶ大剣持ちの少女。
「リリー達は上手くやってるかな?なんか良く分からねえけど、自傷させる能力?とか精神を操る能力を持ってるかもしれない奴を探すんだろ?」
メイド服の少女の握った拳が少し緩む。
「魂関係ならスズ様が対処されますし、リリー様は悪意に敏感です。万が一戦闘になったとしても問題は無いかと存じます」
「まあ、そうだよな!俺が気にしなくても、リリー達なら安心だ」
そして三度紅茶へと振り向き、椅子でグラグラと遊びながらティーカップを口に近づけようとすると...
「おお?おううう!?熱っ!」
バランスを崩し、紅茶をこぼしてしまう。
「すぐになにか、冷やせる物と拭く物を持ってまいります」
「いやあごめんメイ... やっちまったぜ」
**********
少しして、メイド服の少女は水の張ったボウルと、タオルを持って部屋の扉の前まで来る。
少女は扉の前で胸をなでおろすようにため息をつき、自身の鼓動や呼吸が落ち着いている事を感じ取る。
「やはり私は間違っていました... タイランお嬢様にこのような事をするべきではありませんでしたね... 」
そして柔らかく扉をノックする。
コンコンコン...
「タイランお嬢様、宿の方に用意していただきました」
だがノックをするも、部屋の中から返事は聞こえてこない。
「タイランお嬢様?失礼します」
ガチャ...
仕方なく扉を開き、中を確認すると... 潮が混じった風が吹き抜け、部屋の中のカーテンを揺らすのが分かる。
顔に風が当たると、思わず目を瞑り、窓から背けてしまう。改めて窓の方向を確認すると、差し込んでくる夕陽が、テーブルの上の《それ》を照らしているのが分かった。
「... ね... こ?猫ですか... ?」
テーブルの上にあるのは、それは気持ちよさそうに伸びをしている、白い猫の姿だった。