どうにかして強くなろう!
城の応接室のソファに座るのは、俺と、背の小さい髪の黒髪の少女と、前髪で目の隠れた幼女だ。
黒髪の少女の名はリリー。黒く長いマフラーが特徴的で、勇者パーティーの一員だ。
勇者パーティーのメンバーひとりひとりには、魔王と四天王に対抗するための能力が振られており、リリーの持つ能力は、相手の感情を読み取るというもの。ものすごい投げナイフ使いで、能力とあわせて敵の動きを予測してナイフを当てたりする。
そんなリリーはというと、まるで子守に疲れた母親のように、天井を仰ぎ、ぼーっとしている。
「リリーお姉ちゃん、前会ったときは元気してた?」
子供らしく、足をパタパタとはためかせているのはアンだ。崩壊した村に住みついていた死霊かと思えば、本当は三人目の四天王で... 一昨日戦った相手だ。
アンの能力は植物を操ることで、睡眠作用のある植物や、筋肉を麻痺させるいばらを持ったツタを生やして戦ってきた。
「くそジジイでしたよ。罪人と同じ扱いで... 確か研究に従事しているはずです。そうそう、なぜかスズが治療をしないので、右腕は失ったままです」
そんなアンは、俺達と戦った後成仏するかと思われたが... 二人目の四天王、パルスが生きていることを知ると、成仏するのを止め、はるばる王都までパルスに会いに来ていた。
「ふふふ、負けた証として残しておいたのかもね」
「ジジイも、自分から進んで治してほしいとは言いませんしね」
と、二人が穏やかに穏やかではない話をしていると、ノック音。
返事を待たずガチャリと扉が開けられると... 小綺麗な格好をした老人が入ってくる。話にあった二人目の四天王、パルスだ。
「おお、アン。久しぶりじゃのう。その様子から察するに... 負けてしまったのじゃな」
「ちゃんと会うのは随分久しぶりだね。まあ本当は... ふふふ、パルスお爺ちゃんの下顎を殴ったきりだね」
「ふぉふぉふぉ、確かにアンの首の骨を粉々に砕いたきりじゃ」
と、ほのぼのと、ほのぼのではない会話を交わす二人。
そんな二人の会話にリリーは割り込み...
「はい、再会の言葉は後でお願いします。それよりも聞きたいのは、最後の四天王の話です」
最後の四天王。アンという三人目の四天王も倒したし、残るは四人目の四天王と魔王のみ。それで全部終わる... なんだかあっという間にここまできた気がする。
「最後の四天王の話?パルスお爺ちゃん、どこまで話して良いんだっけ?」
「当たり障りなーく、やつが不利にならない程度じゃ」
教えてくれることならなんでも知りたいものだが... 随分曖昧な境界線だな。
「ええと... 地味で... 」
「根暗で陰気なやつじゃ」
「うん、そんな感じ!でも良く芸を得意気に見せてくれていったけ!」
芸... というのは、能力絡みの何かかな?
「それは魔物ですか?それとも人間か、死霊の類いですか?」
「ちゃんと運動してる?パルスお爺ちゃん」
「うん?時間が来ると散歩させられるぞ」
どうやらこれより先は教えてくれないらしい。
根暗で陰気... なんだかジメジメした感じで、イメージ出来るのは死神のような奴だな。ていうことはまた死霊みたいなやつなのかもしれない。
「... まあ良いでしょう。東の街でそいつがどんなことをするのか、予想出来ますか?」
「何を考えているのか分からん男じゃったからな、見当もつかん」
最後の四天王は男なのか。
「そうですか。それで能力の方は... 」
「教えん」
… まあそうだろうな。
「知らない方が戦いを楽しめるじゃろう。杖持ちの... スズと言ったかの?その子にもこれ以上の事は教えておらぬ」
「私は戦いに入る前にバラしちゃったけど、能力を探りながら戦うのもまた楽しいよね」
「ですが、向こうは私達の能力を知っているのでしょう?その四人目の四天王... 呼ぶのが面倒なので名前くらいは教えてください」
そういえばパルスの能力で音を操ることも出来るはずだから、四人目の四天王に能力が伝わっていると考えて良いのか。
「確かに正しい能力が割れた瞬間に、残りの四天王と魔王様に伝えたのう。じゃが駄目じゃ。そもそもこちらは一人なのに、お主らは能力持ち四人がかりで攻めてくるではないか。これくらいのハンデはあってしかるべきじゃ」
… よくよく考えたら四対一は卑怯ではある。思い返すと数の利はそこまで活かせてなかったように思えるけれど。
「そういえばへっぽこのお兄ちゃん、能力は... 」
「リ、リリー!トイレ!トイレ行ってもいい!?」
「あなたは五歳ですか? 許可など取らず勝手に行ってください... 部屋を出て右です」
ええい今は羞恥心などどうでも良い!俺の能力絡みの質問をされると確実に面倒くさい事になる!
「そそそ、それじゃあ良い時間だし俺は部屋に戻るよ。アンもまたね」
「え?うん。またねへっぽこのお兄ちゃん」
少々ぎこちなく手を振りながらドアを開き、部屋から出る。後ろ手にドアを閉めると、自然とため息がもれた。
「っはあ... 能力か... 」
勇者としてこの世界に来た俺には、パーティーメンバーや四天王たちのように能力を与えられているはずなのだが... いまだに能力が発動しないままでいる。
俺が女神に頼んだ「最強の能力」が発動していれば、アンと戦った時もさほど苦労せずに倒せたかもしれない。
なによりも... 戦いの前線から逃げるような勇者にならなくて良いのかもしれない。
「あれ、勇者君じゃないか?アンの件はもう良いのかい?」
「カズ王子... ここで何を?」
廊下でバッタリ出会ったのは、爽やかな笑顔を浮かべた長身のイケメン、カズ王子だ。
清々しい表情と声で俺に話しかけ、世間話でも始まりそうな雰囲気になりかけるが... 表を歩ければとんでもなく目立つであろうカズ王子の姿がその雰囲気をぶち壊す。
「おいおい僕はこの国の王子で、ここは王都の城だよ?僕がいるのがそんなにおかしいかい?」
「いえ、あの... まだ治療してもらってないんですね」
カズ王子の頬は痛々しく腫れ上がっており、高貴だった白いタキシードのような服も所々が破れ、血や土の汚れが目立つ。
王都に到着したのは昨晩だから、着替えたり傷を手当てする時間はあったはずなのだが...
「ああ。何週間も王都を離れていたからね、色々やることがあったんだよ... この僕が王になることはやっぱり難しいみたいでね」
「は、はあ... 」
俺たちを裏切り、三人目の四天王であるアンと組んで王の地位を手に入れようとしていたカズ王子。
色々あり、そのせいであちこちに大けがを負っている。
「りょ、両腕も折れたままなんですよね?大丈夫ですか?」
「はっはっはっ、勇者君に心配されるとは。よほど不甲斐なく見えているようだね」
「ははは」
両腕をダランと下げたままにして片足を引きずっていれば、そりゃ誰だって心配すると思う。
「君たちとの戦いの証だからね。スズも怒らせてしまったし、自分から治してくれとも言いづらくて」
「へえ... じゃあ抱き着くのとかも... 」
「それは抑えられないな」
飛びっきりの笑顔で返された。
「じゃあ、僕はそろそろ部屋に戻るね。君たちは第四の四天王討伐に備えてくれたまえ」
カズ王子はくるりと身をひるがえし、足を引きずって去って行く。
第四の四天王討伐... また足手まといとして逃げ回ったりするのだろうか...
そんな、何も活躍出来ない勇者として終わるくらいなら...
「カ、カズ王子!」
「うん?」
腫れ上がった頬をこちらに、横顔で俺を振り向くカズ王子。
「カズ王子は... どうやってあそこまで強くなったんですか?リリーと対等に戦えるほどまでに」
言うとカズ王子は少し微笑み...
「対等では... 無いかな。僕はまだまだ弱いんだ」
「それでも、能力が使えないなりに四天王やリリーを相手に出来る方法を、カズ王子なら知ってるんじゃないかなと... 」
能力が使えないなら使えないなりに足掻いてやらなくては... 能力が無くともリリーを欺き、アンを味方につけることの出来たカズ王子からなら、何かを学ぶ事が出来るかもしれない。
「... そうか。なら僕の部屋についてきておいで、勇者君」
「あ、ありがとうございます」