どうにかしよう!
前回のあらすじ、スズの両腕をツタで捕らえる。
スズの背後およそ十メートルといった所。アンは杖を持って少し浮遊しており、身動きの取れないスズを眺めている。
「ふふふ、スズお姉ちゃん、麻薬の匂いを嗅いだだけでこんなになっちゃうってことは、私の作った薬が効きやすいんだよね」
… 本当はプラシーボ効果だけれど、まあいいや。
「アン!もう一度囲ってください! 」
「いいよお!」
器用にもリリーの目の前まで覆うように、先ほどと同じドーム状のいばらがスズを囲む。
「ア、アンさん... 腕が... 動きません... 」
「うん、そうだねえ!このいばらにも筋肉麻痺の効果があるし、今度こそ私達の勝ちだ!」
「アン、スズの手のひらに触れさせてはいけませんよ」
スズには相当しびれが効いているようで... 時々ピクッと手首が動いたりするが、するりとツタに逃げられてしまう。
今度はツタから逃れようと体をよじるが... ツタが引っ張り返し、大して身動きが取れない。
い、いけそうだ!このまま効果が切れるのを待って...
「アンさん。このツタ... 非常に千切れにくいですね?」
「うん、もっと近くに寄れば、更に強くできるよ?」
その言葉に、スズは顔を上げ、リリーの方に目を向け、微笑む。
「リリーさん。やはり本気を出さなければ、私を止める事は出来ませんね」
「... ?」
瞬間、スズは両膝を曲げ、重心を低くする。
これ... なにかするんじゃ...
同じような嫌な気配をリリーも感じ取ったのか、慌てて横に逃げようとするが... 一手遅かった。
スズが地面を蹴り、思いきり真上に跳躍する。強く絡まったままのツタは、当然スズと一緒に上昇していき... まるでみかんの筋をはがすように、根っこが地面から露出し、引っ張られる。
な、なんて脚力...
「いぃ... 痛っ!」
盛り上がった地面のせいでいばらも外側に広がっていき、リリーの両足にはトゲが刺さり、バランスを崩す。
頭にいばらを被り、腕にツタの絡まったスズは、いばらのドームの外側に着地し、転んだリリーを見据える。
「アンさんは... それを、筋肉麻痺の効果のあるトゲだと仰いました。リリーさん、歩けますか?」
「くっ... 」
寝そべったままのリリーがナイフを投げるが、スズは少し横に体を傾け、それを避ける。
「また今度、リリーさんの気が向いたら戦いましょう?」
「ス、スズ... 待ってください... へっぽこには... 」
「はい?逃げた勇者様のお話ですか?」
「それ!」
スズの後ろにいるアンが杖を振るとツタが生えるが... スズは素早く跳躍してかわしてしまう。
そして再びリリーの方に向き直り、まるで保育士さんのようにしゃがみ、児童であるリリーに優しく諭すように話しかける。
「お話の中や、他国の戦争などを見ると、敵前逃亡をした兵士は厳しく罰せられる事が多いのです」
や、やばい... 話している間に静かに森の中に身を隠そう...
「冷静に考えてください!魔王討伐にはあのへっぽこが必要かも... 」
ひ、ひぃ!?首だけを回転させて、スズが茂みの隙間からこっちを見てきた!?
お、穏やかでとても柔らかい表情なのに、相変わらずおかしな黒いものがうごめいている瞳は不気味だし、なによりこちらの位置が割れているのが怖すぎる...
「勇者様... 勇者様勇者様勇者様?隙間から見えるその姿勢はなんですか?どうして尻もちをつき、両手を背後に回し、後ろに向かって這おうとしていらっしゃったのですか?」
まずいまずいまずい!?敵前逃亡がどうのとか言っていたし、この後の展開が容易に想像できる!
「今、そちらに向かいますね」
ひいっ... た、立ち上がった!
「アン!頼む、スズをおさえて助けてくれ!」
「そーれ!」
再び何本かのツタが生えるが、スズは簡単に避けてしまう。
「ごめんね?へっぽこのお兄ちゃん、こうも集中されちゃ当てられないかな。腕は動かないみたいだから、後は頑張って?」
「い、いや... たた、た、助けてくれよ... 」
「勇者様?」
「ぎいぃやああああぁぁぁぁぁっっ!?」
目があ!目が合った!?さっきみたいに茂み越しじゃなくて、もう茂みのすぐそばに立っていて、直接こっちを覗き込んできたあ!
「勇者様は... 逃げたのですか?」
ひっ... 茂みをまたいだ... 目が据わっている...
「この物語の主人公である勇者様は、逃げ... 」
「スゥ、スズ!水!水飲む!?」
時間!時間を稼ぐんだ!ここで死ぬのは嫌だあ!四天王や魔王に殺されるのならまだしも、錯乱状態のパーティー仲間に殺されたら、一生スズにトラウマを抱いてしまう!
「お水... ですか?」
「そ、そう... 動き回って... 疲れただろ?」
殺気にも似たなにか。
カズ王子が強者や弱者の話の中、自身が弱者と言っていたが、それを少しだけ、この身で理解した気がする。
両腕右足を脱力させ、とてもリラックスした構えを取っているはずなのに、それとは対照の、真夏の太陽の熱のような危険性を感じた気がする。
カズ王子から感じたそれとは比べ物にならない。
それは俺の体を隅から隅まで震わせ、まるで強風に吹かれたかのように俺の体を後ろに大きく倒す。
シュッ...
気付くと、目の前に白い布が舞ったのが分かる。スズが蹴りを放ち、俺が後ろに転んだおかげでそれが空ぶったんだ。
「ひいぃぃ!ひぃ、ひぃひぃぃぃ!?」
「物語の主人公はあぁっ!!戦いから逃げてはならないんですっ!おまけに話を逸らすとは何事ですか!?」
はっ、はあっ... 死ぬ。死んでしまう。このイカれたお姫様をなんとかしないと、蹴り一発で死んでしまう...
ひぃ!?顔が近い!?
「勇者様、お答えください。勇者様は、逃げましたか?」
じ、時間だ。数分でも、数秒でも長く時間を稼いで、麻薬の効果が切れるのを祈るんだ!
なにか... なにかないか...
「勇者様... 」
「ス、スズゥッ!顔に!顔に土の汚れがあぁぁ!拭く!もう拭いてあげちゃうぅっ!」
リリーから受け取ったスズのハンカチで... ちょっと苦しいが... なんでも良いから時間を...
「えっ... 勇者様、何を?」
「えっ?」
表紙の抜けた声。殺意なんてもってのほか。毒気の抜けた、覇気の一切無い、いつも通りの声だ。
スズの顔をしっかり見ると... 瞳からは先ほどまでのよどみが消えていた。いつもの澄んだ瞳だ。
「なんだか... 不思議と、とても落ち着いた気分です」
「落ち着いた... 気分?」
ふわっとそよ風が吹き抜け、スズの髪や、俺の持っているハンカチを揺らす。すると、なにか嗅いだことのあるお菓子のナッツのような香りが、鼻孔をくすぐる。
こ、これ... 俺が渡したアロマオイルの...
「はっ... はははっ... ははははっ... 」
「勇者様?」
プラシーボ効果... スズが最初にこの匂いを嗅いだ時に、これが落ち着く香りだと言っていたから、その効果が今、現れたんだ...
「スズ... 改めて誕生日おめでとう」
「え?あ、はい... あ、あの... アンさんとの戦闘は... 」
「ははっ、ははははっ... 」
たっぷり数分程、俺は仰向けになったまま、乾いた笑いが止まらなかった。




