取り押さえよう!
前回のあらすじ、タイランとメイがアンに勝つ。
一目散に森を抜け、茂みにダイブする俺とリリー。
茂みを抜けると、所々に切り株が置いてある、タイランとメイがアンと戦っていた、日の当たる開けた場所に出る。
その開けた場所はまるで滝が降ったように土が濡れ、中央には野太いツタがボロボロになって倒れ、タイランが地面に仰向けに寝転がり、メイと、座ったアンが互いに見合っていた。
情報量から察するに、物凄い戦いだったのだろう...
「メイ、タイランは... 」
リリーが、穏やかな顔のタイランをチラッと見ると...
「... 一時間は目を覚ましませんね」
「いかがされましたか、リリー様」
するとメイの問いに答えるよう、後ろの茂みを割るように拳が放たれたようで... リリーの顔のすぐ横をそれがかすめる。
それを見たリリーは素早く地面を蹴って飛び、俺の首根っこを掴んでメイたちのもとに着地する。
ひい... スズが来た...
「スズが麻薬を嗅ぎました!狂乱状態にあります!」
「かしこまりました。効果時間は短く、気絶すれば効果が無くなることを、スズ様は目にしておられます」
裂けた茂みの奥から現れたスズを見ると、メイは腰の剣を抜く。
ス、スズが微笑んでこっちを見ている...
「アン様、もうひとゲーム遊んで行かれませんか?」
メイの言葉に、アンは立ち上がり杖を振る。するとスズの腕を拘束するように、地面から離れたツタがスズに絡む。
「いいよぉ!せっかくだから遊んでいく!」
「へっぽこ、下がっていてください!私達が時間を稼いでスズを正気に戻します。治療の受けられないあなたは、怪我をしない事だけを考えていてください!」
あの高速で飛んでくる木を見たら、もう何が出来るとか言ってられねえ... スズの本気のパンチを喰らったら最悪死んでしまう...
「あはははははははっ!皆さんで私を止められるか、試してみますか?」
スズは右腕、そして左腕を重々しく持ち上げ、両腕に絡まったツタを引きちぎる。
そして力強く一歩踏み出し、重心を低くする。
瞬間、リリーが後ろに跳躍したかと思うと、リリーの真正面に密着するようにスズが飛んでくる。
「さ、さっきよりはや... !?」
ドォーーンッ!
リリーが着地すると同時に拳は振るわれたようで... 大きな音と共にリリーの体は吹っ飛び、少し後ろの木にぶつかる。
「くっ... 」
は、早すぎる... リリーはまだ意識はあるようだが、次の攻撃に耐えられるのか!?
「... これは」
「ごほっ... かはっ... はあぁ... い、痛いですよねスズ。すみません、あなた相手には本気で戦わないといけないんです」
スズが不思議そうに自分の拳を見ると、その手のひらを貫通するようにナイフが刺さっているのが分かる。痛みを感じている素振りは見せないが、しっかり血は出ているし、場所から見て、骨をも貫いているようだった。
リリーが拳を受ける瞬間に刺したのか?
「ふふっ、リリーさんは強くなりましたよね!」
「当然です。ですがスズと一対一では勝つことは不可能です。ですから... 」
「それ!」
中央にいるアンが杖を振るったと思うと、再び太めのツタがスズの両腕に絡む。
スズは笑顔のまま同じようにツタを引きちぎろうとするが... その前にもう一度アンが杖を振る。
「そっちはおとりだよ、スズお姉ちゃん!」
スズは急いでツタを引きちぎる。だがそれは少し遅く、すでに次の植物が生え終わっていた。
「いばらに囲まれちゃったよお!スズお姉ちゃんはどうする?」
それは、ドーム状にスズを囲うようないばらだった。囲まれたスズを挟むように、立て直したリリーとメイがそれぞれ武器を構え、スズを牽制する。
おお!スズを一か所にとどめる事が出来たし、リリーとメイもついている!これは意外にもスズに勝てるのでは。
だが、身動きの取れないはずのスズはたじろぐかと思いきや、笑顔をアンに向け...
「アンさん... とても強い能力ですね。ですが... 」
スズの手のひらに刺さっているナイフを抜き、アンの方に素早く投げる。
ひっ... いばらがスズをしっかりと覆っているから、投げる動作で腕にトゲが刺さりまくっている...
「こうしたらどうですか?」
「あれえ?」
そのナイフはアンの杖に刺さったようで、勢いのまま、ナイフと共に茂みの中に吹き飛ばされる。
やばい、アンの杖が...
「スズお姉ちゃん、杖はただの飾りだよ?」
ああ、そっか。南の町では杖を使わずに能力を発動させていたんだ。
だがその言葉になぜかスズはうつむき...
「... アンさん... それでもっ!例え現実がそうであったとしてもっ!一度そうだと決めた事は、自身がそういう人間であると決めたのなら、それはやり通さないといけないのです!」
そして顔を上げ、アンの顔を見つめる。アンはそれに対して少し不気味な笑顔を保ったままだ。
つ、つまりアンは格好だけでも能力発動の時に杖を振ったのだから、それを貫き通せと... なんとめちゃくちゃな。
「アン!メイ!このままここに閉じ込めて効果が切れるのを待ちますよ!」
「アン様、杖をお取りください」
ええ...
だがいくらスズといっても、このトゲだらけのツタをかいくぐるのは難しいに違いない。アンが杖さえ取る事が出来れば、一安心...
と、思っていました。
「アンさん、私は、あなたの事を今、とても誇らしく思っています」
振り返り、少し地面から足を浮かせた状態で浮遊し始めたアンに向かって微笑むと、おもむろにスズは、トゲを気にせずにツタを両手に掴む。
「このツタ... とても力強く根付いています。それも、私やタイランさんの力を使って、ようやく引き抜けるくらいに... 」
そうなのか... それでもスズが引っこ抜くには時間がかかるってことだよな...
「こんなに力強いツタ、一体どれほど広範囲に根を張り巡らせているのでしょう」
「... っ!?メイ!離れてください!」
それは、一瞬の出来事だった。
スズが微笑み、目を瞑ったのを合図に、地上のツタが全て爆散する。 スズがツタの中の魂を操り、爆発させたんだ。
その破壊行動は、スズを自由にさせるだけでなく、同時にメイとリリーの動きを鈍らせた。
「メイっ... !?」
地面の土も激しく揺れ、土やツタの根っこが飛び散り、二人の足元を激しく揺らす。
ツタの根っこまでも破裂させたのか!?
その一瞬の隙は、スズにとっては十分過ぎたようだ。いばらのトゲが体中に刺さっていても、彼女はスピードを落とさない。
「はあっ!」
「かはっ... 」
次に俺がスズの姿を捉えた時には、スズはメイの懐に潜り込み、腹に拳を振るっていた。
メイは後方に吹っ飛び、仰向けに寝転がる。
メイが... 動かなくなった!?
その瞬間、スズの背中に向かってリリーがナイフを投げるが、スズは顔を動かさず、後ろに回した手でそれを受け止めてしまう。
「リリーさん... ナイフが遅いです。口では本気でくると仰っていましたが、どうして手加減をされたのですか?」
「... 」
スズはふらっと立ち上がり、両手にナイフを構えるリリーを見据える。
こ、このままじゃリリーもやられる...
「私を... 不必要に傷つけたくはないんですよね。本気で戦わなければ危ないのは自分だと、頭では分かっているのに、あと一歩の所で踏み込む事が出来ない」
両腕からだらんと力を抜いたスズは、ゆっくりとリリーの方へにじり寄り、リリーは後ずさりをする。
「私は本気の戦いを望んでいるのに、リリーさんは本気になってくれない... 少しがっかりしてしまいます。でも、いつも私達を引っ張り、支え、想ってくれている、優しいリリーさん。あなたは素晴らしい登場人物であり、私の尊敬する姉です」
やばい、リリーの背中が、ひらけた場所を囲む木々の一本に当たった... アンの能力の事を考えると、これ以上もう下がれないぞ...
「もちろん、それとは別に、私はリリーさんの事が大好きですよ。少し引っ込み思案な所のある私の前を歩き、いつも勇気を与えてくれていたんです。少し臆病な所も可愛らしくて、リリーさんがお姉ちゃんで本当に良かったと思っています」
立ち止まったリリーの間合いに、スズが入り、立ち止まる。
リリーの表情は変わらないが、額にうっすらと汗を浮かべているのが分かる。
「ですからちゃんと、私と戦ってください。格好良いリリーさんの姿を、見せてはいただけませんか?」
スズのそんな言葉に、リリーは下唇を噛む。そして少し目を逸らしたかと思うと、またスズと目を合わせる。
「すみませんスズ... それは、出来そうにありません」
「そーれ!」
アンが... 杖を取った!しかもさっきよりもスズに近いぞ!
それを合図に、再びスズの腕にツタが絡む。さっきとは違い、そのツタにはトゲが生えており、スズの腕に食い込む。
「スズお姉ちゃん!今度のトゲにはね、筋肉を麻痺させる効果があるんだよ!」
そんなツタを目に、スズは少し苦い表情を浮かべる。