四天王戦Anotherーその1
前回のあらすじ、アンとの第一回戦が終わる。
「... 初めから交渉する余地なんて無かったようだね」
木が生い茂る森の中。ローブの男は、両腕を広げた状態から素早く剣を抜く。右手にそれを握り、ちんちくりんな少女に向かって斜めになるように身体を傾け、左手を腰のあたりに添えたような構えを取る。
「でも君の能力は、対象の筋肉の動きや目線などから、感情や次の行動を読み取るものだ。それを踏まえた上で僕を見たまえ」
ローブの男は左手を広げ、わざとらしく見せつける。その左手には厚い黒革の手袋を身につけており、肌の一切を隠している。おまけに仮面やローブで他の地肌も隠してあり、得体の知れない雰囲気を纏っている。
これでは男の筋肉の動きも目線も見えない。
「関係ないですね」
少女は一切の迷いなく、ローブの男の腹をめがけてナイフを投げる。
だがいち早くローブの男は素早く地面を蹴り、横に体を流し、ナイフを避ける。そしてそのまま、すぐそばの太い木の裏に隠れてしまう。
「チッ、近接戦闘は苦手なんですがね」
少女は両手にナイフを一本ずつ逆手に握り、構えながらじりじりと木に近づいていく。
木の直系は、ローブの男三人分はありそうで、裏には余裕で身を隠せる太さだ。
そのままゆっくりと木の周りを回るが...
何事もないまま少女は一周し、元いた場所に戻ってきてしまう。
状況を理解すると、一周した木に背を向け、目だけで辺りを見回す。
「消えた?一体どこへ... 」
すると少女は悟った、上だと。
左に体を回転させると同時に、左手のナイフで奇襲を迎え撃とうと、刃の部分を上へと振るう。
わずかに首を捻り、ローブの男を視認するが、いち早く、ナイフを振るった左手首は男に掴まれ、素早く背中に捻られる。
ローブの男の空いている腕は、少女の首に巻きつけるように添えられる。そしてローブの男は少女の背後に体を密着させ、少女を逃がさんとする。
「音も立てずにあの早さで木を登るとは、とんでもないことをしますね」
「君もそれくらいは出来るだろう?だが、どうして僕の位置が分かったのだろうか。僕は一切音を立てていないはずなのにな... 」
言いながら、ローブの男は掴んだ腕を上側に捻るよう力を加え、同時に少女の首を絞めだす。
「っ...!」
緩い痛みと苦しみが少女の左肩と首を襲う。
「くっ... ふうう... 」
負けじと、比較的自由な右手のナイフを順手に持ちかえ、後ろのローブの男の背中に刺すよう、腕を上へと回転させる、
だがナイフが当たる瞬間、ローブの男は首を絞めていた手を緩め、少女がナイフを振り下ろす手を思い切り肘で押す。ナイフは大きく右に逸れ、手から離れ、地面に落ちてしまう。
ならばと少女はかかとで足の小指を踏もうとするが、ローブの男は両ひざを勢いよく曲げ、少女の膝の裏を押し、かかとの着地点をずらす。
両者の体勢を低くさせたまま、再び首を絞め上げる。今度は先ほどよりも強く絞めているようで、少女の顔が赤くなっているようのが分かる。
「ひゅ、ひゅうう... そうそうぅ... お上手、ですね... 」
「まだ余裕そうだね、一体何を企んでいるんだい?」
ローブの男からは少女の顔を伺えないが、苦しそうな中、少女は満足気に微笑む。
「これが... 良いんですよ」
途端、少女は更に両膝を曲げ、体重も使いながらローブの男共々体勢を落とす。
「ふっ!」
瞬間、少女は思い切り飛び上がり、絞められている首を軸に、体を縦に回す。
急な少女の行動にローブの男は唖然とするが、少女の首は未だに絞めたままだ。これくらいでは怯まない。
だが、少女がちょうどローブの男の真上まで来たところ、ローブの男は初めて異変に気が付く。ローブの男の腕にナイフが刺さっていた。
「く、ぐあああああっっ!!」
たまらずローブの男は手を離し、前のめりになり、そばのしげみに身を投げ出す。
「カハッ... 」
少女は勢いのまま背中を木の幹にぶつけ、頭から地面に落下しないよう、両腕で受け身を取る。素早く体勢を立て直し、立ち上がると、首をおさえ、軽く咳き込みながら、地面の血の跡や乱れた茂みを観察する。
「ごほっ... かっ、はああ... はあ、はあ... しげみの向こう側に隠れましたか... 私を相手に奇襲を中心にして戦おうとするとは...」
しん、と呼吸音一つ聞こえない中、更に注意深く茂みを観察すると、少女は茂みの中の、なんの特徴もない一点を見つめ... ナイフを投げる。
「ぐあああっっ!!」
「馬鹿ですね」
少女は勢いよく飛び上がり、片腕で木の枝を掴み、ぶら下がる。
すると少女の視界には、茂みの向こう側にうずくまっているローブの男が映る。ローブの男の右腕、右肩にはそれぞれナイフが刺さっており、どちらの箇所からも血が溢れている。
ローブの男の剣は腰の左の位置に収めてあり、負傷した右腕で抜くことは厳しいだろう。
「もう一発喰らって気絶でもしていてください」
とどめの一撃、と言わんばかりに、枝にぶら下がったままナイフを投げる。
これで終わりだ。
そう思った少女だったが、投げる瞬間、ローブの男の仮面の奥の目が光り、自分を執念の目で見ているように少女は感じた。そんな気持ち悪い感触を覚えたが、その一瞬では体は止まらず、ナイフは投げられる。
カキーン
ローブの男は左手で自身の肩に刺さっているナイフを抜き、少女がとどめにと投げたナイフを弾く。
その一時の隙を使い、次のナイフが投げられる前にローブの男は近くの茂みに、少女からは死角となっている場所に転がり込む。
「延命行為ですか、見苦しいですね」
少女は再度、忌々しそうに茂みの辺りを観察する。すると再度静まり返る中、なんの特徴もない一点を見つめる。そしてあたりをつけたと言わんばかりに視線を固定し、ナイフを抜く。
今度こそ終わりだ、と思ったが先に動いたのはローブの男だった。
カキーン
少女が見ている茂みの中から何かが飛び出し、向かってくる。反射的に少女は持っていたナイフを振り、間一髪それを弾く。
近くの地面に落ちたそれは、少女の良く知るナイフだった。先ほどローブの男が肩から抜いたものを投げてきたのだろう。
「リ、リリー。やっぱり君は... 強いね。一昨日は、あと一歩という所で不意を突かれてしまったし、今度は自由に戦ってみたら... それでも歯が立たない」
茂みの奥からローブの男が話しかけてくる。痛みは強いようで、ところどころ言葉に詰まったり、吐息を混ぜているのが分かる。
「そんな君に敵わない僕だがね、君からもらったナイフは、あと一本ある... せいぜい、足掻かせてもらうよ」
少女は黙って話を聞いていたが、攻撃の準備は怠らなかった。茂みをよく観察しているようで、目を、時折顔を動かすと、静まり返る中三度《》、茂みのとある一点を見つめる。
ローブの男が言葉を絶ってから、少しの時が経ったかと思うと、またもや少女の視界の先、茂みから何かが飛び出してくる。
「ふっ!」
やはり少女からしたら大した攻撃ではないようで、再度ナイフを振り、それは向かってくる物に命中する。
パリーン!
だがその物は、ナイフとは少し違った物のようで...
「やはり割ったね、リリー!」
ローブの男が投げたのは、少女が割ったのは、粉の入った試験管だった。
「なっ!?」
試験管が割れても中の粉は減速しない。その粉は少し周囲に広がるが、速度を保ちながら少女の顔に命中する。
「ぬあああああっ!!!」
慌てて少女は枝から手を放し、幹を蹴って茂みに隠れているローブの男から距離を取る。地面には腕から着地し、勢いのあまりゴロゴロと体が転がっていく。
「め、目が!あの男... なんらかの刺激物を!?失明でもしたらどうするっていうんですか!」
少女はすぐに膝で立ち、瞑った目を両手で覆う。目からは涙が溢れ、思い切り擦りたくなるが、歯を食いしばって両腕を震わせるだけにとどめる。
「後で洗い流せば大丈夫さ、万が一の場合はスズが治せるだろう。そしてやはり... 僕とは真反対の位置に着地するよね」
背後からローブの男の声。少女は我に帰り、反射的にナイフを抜き、脇腹の所で静止させる。
すぐに少女の脇腹には自身のナイフが当たり、衝撃が走る。
ローブの男が少女の脇腹に剣を振るったようだ。少女に直接剣は当たらなかったが、勢いのあまり、自身のナイフで腰のあたりを切ってしまう。
少女は横に倒れ込む。
「かはっ!はっ、はあ... 殺すつもりですか?私が死んだらスズが悲しみますよ」
「でも君は死ななかったじゃないか」
再びローブの男は剣を振るう。少女は今度はいち早く起き上がり、前に転がってそれを回避する。転がった勢いのまま少女は立ち上がり、素早く振り向いて両手に一本ずつナイフを逆手に構える。
両者見合う形だ。静寂の一時が流れる。
「リリー、とてもかっこう良いね。今すぐスズを起こして、君の姿を見てもらいたいくらいだよ」
「同感です。右腕を負傷した右利きの剣使いと、目の開かない、感情を読み取る投げナイフ使い。どちらに軍配が上がるか、スズに見届けてほしいですね」




