お店で戦おう!
前回のあらすじ、店員の女の子が襲ってきた。
先に動いたのは俺の対角の、最も店員の女の子から遠い所に座っていたカズ王子だ。
勢いよくテーブルを蹴り上げ、ちゃぶ台返しの要領で自身とリリーの姿を店員の女の子から隠す。
はあっっっ!?
もちろん、テーブルの上の紅茶や、突っ伏していたクルミ王子が無事で済むはずもなく... 俺は紅茶を手に浴びながらクルミ王子にタックルをかまし、襲ってくるテーブルに当たらないようにする。
熱っっ!!俺は動けるからまだしも、クルミ王子が巻き込まれても良いのかよ!?
「勇者君、一応ちゃんと動けるみたいだね」
俺の場合は怪我すると治療が出来ないからな!
店員の女の子の方をちらっと見ると、片方のハサミの取っ手に人差し指を引っかけ、勢いよく肩の前で回していた。すると金属音が鳴り響き... 見慣れたナイフがすぐ横の壁に刺さる。
どうやらテーブルが落下を始めると当時に、テーブルの後ろのリリーがナイフを投げたらしい。それを回転するハサミで弾いたと。
カズ王子は、床に対して垂直に着陸したテーブルを乗り越え、素早く店員の女の子の脇腹めがけて回し蹴りを放とうとするが... なぜか直撃する寸前に止める。
「読みの鋭いかわい子ちゃんは大好きだよ」
「やだもう!お兄さんってば口だけじゃなくて目も良いんですね!」
よく見ると、大きく開いたハサミの刃の部分が、カズ王子の左足を受け止めるような位置に構えてある。
ひっ... あのまま行ってたらスネが刃に当たってた...
呑気に静止したまま会話をしたと思ったら、空気が戻り、カズ王子の足を狙うようにハサミが勢いよく閉じ始める。
当然カズ王子は足を戻し、今度は右足で腹をめがけて蹴る。間合いから見て当たったと思った。
が、店員の女の子が一歩後ろに退き、カズ王子の足と店員の女の子の間を、ナイフが通り抜ける。
「リリー、君がナイフを投げるからいち早く後ろに下がってしまったじゃないか」
「あなたは馬鹿ですか。靴底から刺さるようにハサミを持っていたのが見えなかったのですか?」
全然見えなかった。カズ王子からも死角になっていたのか?
「いやあ目が良いね、その調子で僕のサポートをしてくれるかい?」
「先にあなたにナイフを投げるべきでしたかね... そういえば、右足には注意した方が良いですよ」
と言われ、俺の視線もカズ王子の視線も、店員の女の子のスカートの、足が露出している部分に目が行くが....
「もう、何見てるんですかエッチですね!お連れさんが言ったのはあなたの足の事ですよ!」
言うが早いが指でカズ王子の足を指差し、ハサミを持った手をくいっと動かしたかと思うと... カズ王子が後ろにすっ転ぶ。
「んんっ... さっき糸を巻きつけたのか」
そして店員の女の子は再度ハサミを回転させたかと思うと、リリーのナイフが弾かれる。
「何をしているんですか。私に近接戦闘をさせないでくださいよ?」
カズ王子は受け身を取れなかったようだが、頭でブリッジをするように勢いよく起き上がると、大振りに上段に後ろ回し蹴りを放つ。
いや、カズ王子のこの動きは多分罠だ。店員の女の子にわざとしゃがませて避けさせている。本命はリリーの投げるナイフだ。
だが、店員の女の子はにやりと笑ったかと思うと、カズ王子の懐に入ったにも関わらず、なぜか動かない。
壁の低い位置の、しゃがんだ店員の女の子の顔の前に、勢い良くナイフが刺さる。
「隙が出来たからはい反撃です!なんてすると思いましたか?お連れさん、目は良いようですが読みが甘いですね!」
ワンテンポ遅らせ、体勢の悪いカズの腹にハサミを刺し、ケンカキックで追い打ちをかける。
カズ王子が俺の目の前に横向きに倒れ、うめく。
「うぐっ... 」
「ですが... 先ほどまでゆっくりと投げられていたナイフが、急に私のハサミで弾けないほどに早くなったということは... 最初はわざとゆっくり投げ、私を騙そうとしていましたね!」
リリーは店員の女の子と目を合わせるが、テーブルの後ろに立ったまま動かず、何も言わない。
だ、大丈夫なのかリリー?ちゃんと勝てる相手なんだよな?まだ遊んでいるだけで、この子をちゃんと倒せるんだよな?
うめくカズ王子を見て、不安に駆られる。そんな俺の姿をリリーが一瞥すると...
「瀕死まで追い込むのならまだしも、単純な無力化は無理ですよ。こんな室内で背後を取る事は難しいですし、ナイフも届きません。おまけに近接戦は私より上と来たものです」
「お連れちゃん、まるで自分の方が強いといった口ぶりだね」
腰からもう一つのハサミを取り出し、両人差し指で二つのハサミをくるくる回したかと思うと、再びハサミを構える。
「おまけにこの女、腕におかしな布をつけています。おかげで手の動きが読みづらいです。あの馬鹿が腕を失い、なぜか荷車の剣を回収しなかったのも悪いですね。まあこればっかりはしょうがないです、大人しく捕まりましょう」
マ、マジで言ってるのかリリー... カズ王子もカズ王子で、なんで準備してないんだよ!
だが、ここで捕まるくらいなら... まだ俺の方がこの店員の女の子に近いし、戦うか?
店員の女の子はリリーの方を見て油断している。さっきも俺の事を非戦闘員だと言ったし、奇襲をかけて少しでもリリーから注意を逸らせば、リリーがナイフを当てられるかもしれない。
半ば無意識に、ゆっくりと、腰に下げている短剣に手を伸ばそうとすると...
「さあ今です!やってください!」
「っ!」
リリーが叫ぶ。すると倒れていたカズ王子が、またもやブリッジの要領で立ち上がり... 中段に回し蹴りを放つ。
同時にリリーもナイフを抜いた。
店員の女の子は慌てて後ろに飛び上がる。
だめだ!カズ王子の蹴りは届かないし、リリーのナイフも十分警戒されている!
「また同じ手に、同じナイフ... ん!?」
だが不思議なことに、蹴りは空振り、再度リリーが投げたナイフも背中を反らして避けられたのに、店員の女の子は驚きの表情を見せる。
なぜか後ろに行き過ぎた重心の位置が修正されることはなく、不自然な軌道を描き、後ろに思いきり転び、店員の女の子は頭から着地する。
「ぐげっ!?」
すると目を回したのか、当たり所が悪かったのか、そのまま動くことはなかった。
後ろに飛んだ拍子にバランスを崩した?いやでもそんな都合の良い事... それに今の転び方、空中で何かにぶつかったような...
よく観察すると、空中にある何かが、光を跳ね返しているのが分かる。これは... 糸?
「さっき投げたナイフに、彼女からくすねた糸をくくりつけておいたんですよ。で、あの女が後ろに飛んだ瞬間、こうです」
と、リリーは何かをくいっと引っ張るような動作を見せる。
て、店員の女の子のひざの裏辺りに糸を引っ掛け、転ばせたのか... どれだけナイフを強く壁に刺したらそれが可能なんだ...
「この女はひとまず拘束して、起きるのを待ちましょうか」
「まあまあ待つんだね。かわい子ちゃんを拘束するだなんて真似は、絵面的によろしくない。リリー、武器だけ没収して、起きるまで僕が見張っていようじゃないか」
腹部を赤く染めたカズ王子が起き上がって早々、やれやれと言った顔を見せる。
カズ王子さん、両腕を折られて腹も刺されているのに表情が涼しいな... いやでもちょっと汗かいてる。
「まあ良いでしょう。とりあえずハサミは没収して... ボケットには糸、まち針を刺したクッション... 更にハサミが四本出てきましたよ。色とりどりのテープ、メジャー...」
なんだか大半が武器には聞こえないな... ただの仕事道具か売り物っぽい。
「ゆび抜き、リボン、ひも、ボタン、レース... 」
「それはもう武器では無さそうだね」
俺もそう思う。