プレゼントを渡そう!
前回のあらすじ、俺「は」助かった。
俺は後ろを振り返らない。
後ろからの威圧に飲まれ、尻もちをついた状態で、リリーの顔を見つめている事しか出来ない。その目は大きく見開いていて、リリーには珍しい、純粋な恐怖の顔が浮かんでいた。
すると急にリリーは何かを自身の足元から拾い、上に投げる。
なぜか丸めて置いてあったテーブルクロスだ。どういう原理か、それは勢いよく開き、リリーの姿を俺とスズの視界から隠す。
「はあっ!!」
スズはテーブルクロスに触らない。横に大きく腕を振るい、風圧でテーブルクロスをどかしてしまう。すると視界に映るのは、すでに会場の入口の方に逃げているリリーの姿。
あの走りにくそうなドレスでどうやってあそこまで...
すると俺が落としたナイフをスズが拾い、投げる。そのナイフがどこかに当たったのか、扉まであと少しといったところで、リリーは盛大にこける。
血は出ていないようだから... 靴に当たったのか?ひとまずそう願おう。
次の瞬間、再度ものすごい風圧を感じると、スズがリリーに向かって走っていくのが伺える。
は、速ええ... 短距離走選手の走りに似た、本気に走り方だ...
あっという間にスズは、こけたリリーに追いつく。
「待ってくださいスズ!これは誤解で... 」
誤解じゃないけれど許してあげてスズ。
扉に背を向け、尻もちを付いた状態で弁解しようとするリリーだったが、問答無用でスズは一発、二発、三発と拳を叩きこむ。音からして、危なっかしくもリリーは全て両手でさばいたようだった。
多分だけれど、あれは全部位置的にフェイスに向かっているな...
そして三発とも拳を受け止められたスズは、右足で膝蹴りを放つ。そのままスズから見て右側に顔を避けるリリーだったが... それはすでに読まれている。リリーが避けるであろう位置に拳を、膝蹴りを振るうと同時にすでに放っていた。
だがリリーの方が早い!床に頭を叩きつける勢いで、スズから見て右の方に避けている。そのままスズの拳は壁に当たり、大きくめり込み、手首まで埋まったように見える。
ヒッ... 壁に穴が...
そして床に横たわったリリーは急にうつぶせになったかと思うと、自身の背中のとある一点を指さす。
瞬間、近くのテーブルに身を隠していたであろうメイがスズの背後を取り、スズの背中を優しく叩く。
な、なるほど、メイにどこを叩けばスズが気絶するのかを教えたのか。確か、同じ要領で西の町のメイドも気絶させていたもんな。
だが、なぜかスズはそのまま倒れることはなく...
「リリー様、やはり、スズ様の感情をお読みになられませんでしたね?」
ス、スズは気絶していない。さっきから動いていなかったのは、壁から拳を抜こうとしていたからだ!
「ご安心くださいリリー様。策はすでにうってありますので」
拳が抜けると同時にスズは振り返り、今度はメイに拳を放つ。紙一重でメイは首を傾け、拳を避けるが、なぜかスズは追撃しない。
「スズ様、先ほどから激しい運動で体力を消耗しておられるかと存じます。呼吸が荒くなっておられますね?」
スズの顔の、鼻の辺りの前には、たっぷりと中身の入ったワイングラスが掲げてあった。スズが拳を放ったと同時に、メイが顔の前にそれを持ってきていたんだ。
「これ以上酔っぱらってしまっては、スズ様もお動きになることは難しいでしょう。さあ、ベッドまでご案内いたします」
そしてそのままスズは前に倒れ、メイに抱え込まれる。
つまりスズに更にワインを嗅がせて、一層酔わせたと... これで一応リリーも助かった... のか?
「失礼しましたメイ。でも、スズを叩く前から、私がスズの感情を読んでいないと分かっていましたね?」
「いつものリリー様なら、膝蹴りを、向かって右に避けたりはなさいません。あの様なカウンターを喰らってしまわれる可能性がございますから。筋肉の動きを見て、予測されていなかった証拠でございます」
「そうですか。迷惑をかけてしまってすみませんね、メイ。更に酔わせるのはナイスアイデアでした」
「いいえ。ワイングラスを持っていくようご指示されたのはタイランお嬢様ですので」
するとメイが現れたテーブルの陰から、ひょこっとタイランが出てきて、ドヤ顔で親指をたてる。
にしても... 本日の主役も、主役の婚約者も気絶するとは、とんでもない誕生会になってしまったな...
**********
朝だ。
そしてもう慣れた。
俺は知っている、この部屋のどこかにメイがいる事を俺は知っているんだ。
とりあえずカーテンと反対の方向へ寝転がり、うっすら目を開けると...
いない。白黒のメイがいない。
思わずベッドから飛び上がり、部屋中を見回すが、誰も、何もいない。そして慌てて扉を開けて部屋から出ようとすると...
いた。おへその下のあたりで手を組んでいるメイが、まさに入ってこようとしている瞬間だった。そんなメイは、少し目を大きく開け、こちらの顔を見ている。
「おはようございます勇者様。お早いお目覚めですね」
「もしかして、今まさに起こす所だった?」
頷くメイ。ドアを閉めようとする俺。
だがそんな事がかなうはずもなく。
「勇者様、出発に向けて大分張り切っていらっしゃるようですね」
ドアを押して閉めようとするが片手で止められてしまう。
ちょっと待て、出発?
「待て、朝ごはんに起こしに来たんじゃないのか?」
「いえ、リリー様が本日、北の町へ出発なさると仰っておられました」
え!?は、早すぎる...
**********
「タイランには全速力で走ってもらいます。距離的に一拍野営するか、真夜中に町に入るかどうかになると思います」
荷車に案内されると、すでにタイランとリリーが待っていた。
「何でこんな急に出発なんだよ、昨日スズの誕生会をやったばかりなんだから、もう少しゆっくりしてからでもいいんじゃないか?」
するとリリーが横に目をやる。つられてそちらを見ると、栗色の髪を持つ、どこか爽やかな男が、スズと共に歩いて来るのが伺える。
あ、昨日の婚約者だ。
「今日自国へ発つ事になっているらしいのですが、奇妙な事に私達に同行したいそうです。というわけで私達の用事を早める事になりました」
「は?なんで俺たちがわざわざそんな事を... 」
すると話を聞いていたらしい婚約者の男は、それに答えるように自身の頬をツンツンと指さす。
ああ、昨日殴ったお詫びっていうことか。
『あの男、スズに昨日の事をばらすと言ってきました。口封じの対価がこれですよ』
こっそり耳打ちしてくるリリー。どうやらスズは昨日の事を覚えていないのか?
「お、おはようございます。昨晩の記憶がないのですが、誰も何も教えてくれないんです。リリーさん、勇者様、何か教えてくれませんか?」
これは当然リリーが答えるだろうと思い、リリーの方を向くと... バツが悪そうな顔を浮かべ、俺の方をチラチラと見ていた。
ええ、俺が答えるのかよ... いや、ちょうどいいタイミングだし、俺が話すか。
「き、昨日はワイ... 」
ドンッ
リリーが俺の脇腹を肘で押し、睨んでくる。
話してほしくないのか?わ、分かったよ。
「これ、昨日は渡し損ねてごめん。遅れたけれど、誕生日おめでとう、スズ。」
「あ、ありがとうございます。開けてもいいですか?」
スズがラッピングを開けるとビンのラベルを確認し、中身を、ポケットから取り出したハンカチに垂らす。
「これは... いい香りですね、とても落ち着きます。ところで、これを今日渡してくださると言う事は、やっぱり昨日何かあったのですか?」
や、やべ... 喜んでくれたのは嬉しいけどミスった。
「さあ、北の町に出発しましょうか!全員荷台に乗ってください!」
渋々といった顔でスズも荷台に腰を落ち着け、リリーが合図すると、タイランが答える。
「それじゃあああ、出発う!」