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勇者(俺)いらなくね?  作者: 弱力粉
第三章(上)
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模擬戦をしよう!

前回のあらすじ、狂ったリリーと酔っ払ったスズとそれから婚約者の男と。



目の前の栗色の髪の男は、右手で剣を構え、左手を後ろに引き、まっすぐと背を伸ばした構えを取っている。


そして俺たち二人とスズは来客に囲まれ、ちょっとした出来合いのリングにて相対している状態だ。


お、落ち着け、人間と戦うのはスズ以来だが... いや、あの時はただボコボコにされただけだったな。


とにかく!俺が今考えるべきは勝つことでも、無様に負けないようにすることでもない!とにかく怪我をしないことだ!打撲とかはいいとして、骨折とか深い切り傷はマジで勘弁願いたい。


とりあえずナイフをかなづちと同じ要領で持って... あれ?がやの中のリリーが、俺に見えるように左手をくるっと回したぞ?


不思議とつられて俺も同じ動きをすると... 構えていたナイフが、逆手になる形で握られる。そしてもう一度リリーの方を見ると、不敵な笑みを浮かべて親指を立てていた。


その方が良いと言うのならそうするが... だがそんな事よりリリー、今からでも遅くない、助けてくれ!


両目を見開いてぱちぱちと瞬きをして合図を送るが... 返されたのは、再度笑顔で直立させた親指のみ。


そんなこんなしていると、スズが右手を挙げ...



「さあクルミさん、勇者様、準備は良いですね?それでは初め!」



ええい腹を括れ!一応リリーとの訓練と称した拷問で対剣の戦闘は少しやっただろう!


試合開始の合図と共には動かなかった婚約者の男だったが、俺がびくとも動かないのを見かねてか、構えを継続したままにじり寄ってくる。


そして剣の間合い一歩手前といったところ。俺の視界は、婚約者の男の剣でも、婚約者の男本人でも無く... なぜかリリーの方を向いていた。


なぜならリリーは俺と同じ構えを取っていて、左に軽く飛び、地面に向かって垂直に拳を突き出していたからだ。なぜかそれに俺もつられる。


カキイイィン!



「お、おお...」 



すると一歩踏み出し、突きをかましていた婚約者の男の剣を受け流し、右手で構え、左手を引いていた婚約者の背中の面を取れた。


やりいい!踏み込んでナイフを突き刺してゲームセットにしてやる!


ところが、リリーは後ろに向かって軽くジャンプをする。


も、もしかしてやばいのか?いや、これを後ろに飛んだら次の攻撃を喰らうかもしれないじゃないか、このままナイフを突き刺した方が...


するとリリーに思い切り睨まられる。


あはい、申し訳ありません、後ろに飛びます。


後ろ側に床を蹴ろうとしていた足を止め、慌てて重心を後ろに倒し、飛びあがると... 何かがおれのおでこをかすめる。


ひ、ひいい...



「顔面に裏拳が入るかと思ったのですが... 読まれてしまったようですね」



背中の面を取って優勢かと思ったら、体を回して勢いのまま拳を振るってきやがったぞこいつ。



「先ほどは侮ってしまい、申し訳ありませんでした!スズさん、勇者様はしっかりと実力をお持ちになっているようです。模擬戦はここで... 」


「違いますクルミさん」



やめろスズう!ここでやめておけば何事もなく終われるんだぞ!もう俺避けられる気がしねえよ!



「クルミさんはまだ、本気を出していません。私の能力が本物だと分かっていても、大きな怪我をしないのならそれに越したことは無いと考えている。だから本気を出さないし、途中でやめようとするのです」



良い!本気出さなくて良い!婚約者も相手にするんじゃねえ!


すると婚約者は後ろを振り返り、何かを確認したかと思うと...



「分かりました。スズさんがそれで良いと言うのならば... 」



リリーが重心を低くし、右の拳を頭上に突き出し、少し斜めに構える。


や、やべ...


するとナイフに上からの強い衝撃が走り、両ひざを大きく曲げさせられる。


こんにゃろ上から剣を思い切り振りやがった!頭蓋骨に刺さったら責任とれるのか!


そしてリリーが後ろに飛ぶ。


すると何かが俺の腹を押す。婚約者の男がもう一歩踏み込んで、右足で蹴りをかましたようだ。


再度リリーが後ろに飛ぶ。


婚約者の男は更に一歩踏み込み、次は左足で蹴ってきた。



「まだです、クルミさん」



や、やばい。剣を構えたままにじり寄って来ているけれど、もうそろそろ場外だ... 後ろの人に当たってしまう。


するとリリーが左前に動く。俺は婚約者との間合いをそのままにし、ぐるりとお互いの位置を入れ替えるように百八十度回転する。


と、とりあえず場外アウトにはならなさそうだ。


だが、これにはちょっとした、とても些細な、一つの問題がある。


こうなるとリリーの姿が見えない。


うおおおお俺は馬鹿か!いや、馬鹿はリリーか!?スズのあんな提案に乗っかるし、こんな指示を出すし...


慌てて素早く後ずさりしまくると... 視界に何か、不自然に光る物が映る。鏡だ、人込みの中のメイが、鏡を持って何かを反射している。ありがたいことに、その鏡にはリリーが映っていて...


おお、リリーが後ずさりしているのが見えるぞ!このまま後ずさりして... また後ろに飛んだ!


だが、またここで一つ、ちょっとした、とても些細な一つの問題が浮上する。俺は随分長い事後ずさりしていたようで、その事に気付かず、しかも後ろに飛んでしまった事だ。


俺は来客の群れにダイブしてしまい、バランスを崩して尻もちをついてしまう。



「はあっ!!」



様々な黄色い悲鳴が広がる中、聞きなれた、勇ましいリリーの声が耳のそばで響く。俺の頭上では剣と拳が交差し、そして剣が凄まじい勢いで後ろに吹っ飛んでいく。



「ぐふっ」



情報を整理してようやく、がやに紛れていた満面の笑みを浮かべたリリーが、婚約者の男の顔面を殴っていたことが分かる。すると、婚約者の男は吹っ飛び、うめき声をあげると、動かなくなる。



「いやあ、勇者はやはりすごいですね!クルミ王子殿下の剣を全てさばいてしまわれるとは!」



後ろを振り向くと、しゃがんで両手を合わせ、白々しく俺を褒め称えるリリーが映る。


は、はは... なんだかすごくもぞもぞする感覚。いやだがしかし、とりあえず俺は無傷でここを切り抜ける事が出来たのだから結果オーライだ。婚約者の男の顔は後でスズが治してくれるだろうし、リリーもスカッとした。この状況は切り抜けて...



「リリーさん?なぜ、手を出されたのですか?」



不思議な感覚だ。天井のシャンデリアはとても明るいのに、俺の視界に、リリーの全身に、影がかかったような錯覚を覚える。


スズが俺の後ろに立ち、物凄い威圧を放っていたからだ。



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