第0話
月が雲に隠れた夜中に町の道路を走るのは、二頭の馬に引っ張られている馬車だ。シルエットのように映る馬車に乗っているのは、操縦席の男と、荷台の髪の長い少女。
道中その荷台の少女は、馬車がまだ走っているのにも関わらず、荷台から飛びおりてしまう。
「よっと... 町まで連れて行ってくれてありがとうね、おじさん」
「お、おおいちょっと待ったお嬢ちゃん!」
制しようとする操縦席の男の声も聞かず、少女は路地へと入っていってしまう。
男は慌てて馬を止め、手元にあった麻袋を掴み、操縦席から降りて少女を追いかけるが...
「ぶつかったらあようっ!!!... 何か言うことがあるんじゃないのか?」
急に呂律の回らない怒号が街に響く。おおよそ酔っ払いが誰かに絡んでいるだけだろうが、それは少女の走って行った方向と同じで、男は少し足を早める。
グラスの割れる音と共に、何か大きな物が倒れる音がする。そんな音を聞いて、男は少しゾッとし、汗をかきながら路地を見る。
「おじさん悪い人だあ。でも、悪いだけで全然強くないね」
その男が見たのは、道に寝そべる太った男の上に座る、杖を持った少女のシルエット。
「あ、さっきのおじさん。どうしたの?」
何か得体の知れない、奇妙なものを男は感じ取る。ここに留まってはいけないというような、かといってこのまま逃げてはいけないような、そんな、どうしようもない無力さだ。
「あ、その袋。さっき言ってた餞別?そんな、気にしなくていいのに」
そんな中、雲と雲の隙間から月明かりが漏れ、スポットライトのように少女を照らす。
その少女は、とても可愛らしい、上品な赤と黒の服を着ていた。どこか不安定さも感じられるその少女には、男に、娘のように守ってやりたいと思わせるような何かも感じさせられる。
だが、そんな可愛さや美しさなんてどうでも良いと思えるような、そんなものよりも見る者の目を引く物が彼女にはあった。
それは膝下まで覆うスカートの下から見える、彼女の左足だ。
顔以外の肌は包帯に巻かれていて見えないが、彼女の左足だけは違う。それはむき出しの骨だけになっていた。
「ふふふ、おじさんは良い人だけど、ごめんね?見ちゃったんだからしょうがないよね」
途端その少女が杖を振ると、何やら強烈な甘い香りが男の鼻を襲う。
「お姉ちゃん達に会うの、待ちきれないなあ。その為に色々準備しておかないとね」
再び月明かりが雲に遮られると、地面に倒れた二人の男を置いて、少女は路地の奥へと歩いていく。




