第12話
前回のあらすじ、危機は去る。
「何をしているんですか。向こうを見ていてください」
「あ、はい」
ひとまずあぐらをかいて、くるりと体を翻すと、先ほどと変わらず、メイとタイランが寝ころんでいるのが見える。
そういえばアンの姿が見えないな... アンにやってもらえれば俺の俺が危険にさらされることもなかったんだが...
「いいっ...!は、はああ...」
む、向こうは大丈夫なのか?
反射的に顔を少し傾けてしまうと... こめかみの近くを何かが通り過ぎる。ご存知、投げナイフだ。
「次、こっちを向いたら殺します」
は、反射的なものだったんです...
というわけで反対方向に顔を傾けると... 横目に何か動いているものがチラリと映る。
アンの姿だ。アンが路地で着替えている?黒と赤が目立つ服で、お腹のところがキュッと締まり、赤をベースとしたスカートがさらさらと揺れている。
まるでパーティーに向かうような、そんな上品な格好。年に似合わず、どこか艶めかしい雰囲気を纏っている気がする。
「な、なあ... あれって」
「黙っていてください。もう少しでスズが治療を終えますから」
アンの周りの、割れた石造りの地面から、何かが出てきて動いている?緑色の何か、ツタのような...
いや、ツタのような、じゃない。あれはツタだ、本物のツタが着替えているアンを覆っている!アンは気づいていないのか?
「それでは、メイさんから治療していきます」
「な、なあリリー」
「どうしましたか?刺されたいんですか?」
治療が終わったようなので振り向くと... リリーが血相を変える。そして目にも止まらぬ速さでナイフを抜き... 俺に向かって投げる。
は?
瞬きと瞬きの間の内に起こったその事実は、俺を身震いさせる。鈍い音が響くが、体のどこも痛くないことを確認すると、そこでようやく、リリーが目を見開いて俺を... 俺の後ろを見ている事に気がつく。
後ろを向くと、先程までは無かった太いツタが、俺とアンの間に生え、ナイフを受け止めていた。それだけではない、無数のツタがまるで卵の殻のように編まれ、アンを包み込み、アンの姿を見せないようにしている。
「アンはもう既に死んだ人間です。死んだ人間ですが... これは気味が悪いですね」
そして再び音を立てて新たな太いツタが生えると、鈍い音と共にまたナイフを受け止める。
「ふん... 私の力では無理ですね。スズ!メイの頸椎だけ治したら、先にタイランを起こしてください」
「も、もう終わりました。ですが...」
そうか、タイランの能力ならあのツタを消せるのか。
「無理やりタイランさんを起こすのは難しいです。ここは私が... 」
スズのその動きは先程の、倒れる建物を回避した時と同じ動きだった。立ち上がると、少し周りがへこむほどに地面を蹴り、アンに近づく。
路地に入ると、先程までナイフを受け止めていたように、太いツタが地面を突き破って勢いよく生えてくるが... スズは一本、二本、三本と、地面を蹴っては進行方向を変え、それらを回避していく。
「スズ!後ろです!」
アンを包むツタまで後何歩かと言うところ、先程までスズの進行方向から生えてくるはずだったツタが、急にスズの後ろから生え... 急に方向をスズの方に曲げる。
声に反応したのかその音に反応したのか、スズは振り向き、両腕を十字に構え、それを受ける。
幸いにも伸びてきたツタはスズの腕を掠めるだけにとどまり、切り傷を残すだけで終わる。
「リ、リリーさん!触ってみて分かりましたが、このツタから魂の流れを感じます!能力持ちです、能力持ちがこの路地の奥にいます!」
能力持ち?さっきのジジイはもう倒したはずだから、三人目の四天王か?一気に二人も出てくるんじゃねえよ!てめえらは四方の街に散らばってるんじゃねえのか!
「っち、スズ!私はそいつを叩きます。出来ればアンの救出をお願い出来ますか?」
言うが早いか、リリーも路地に突っ込んで行き... ツタを一本、二本と避け、スズの両手を土台に大きく跳び上がる。
うわ... 隣の建物の四階位まで届きそうだな。スズの力を使っているとはいえ、これくらい飛べるなんて、どれだけ身軽なんだよ。
これでリリーは卵形に編まれたようなツタを、安全に飛び越えられるはずだったんだが... 先程リリーを襲ったツタのうちの一本が、急激に伸び始める。隣の建物の二階、三階位の高さへと凄まじいスピードで伸びていく。目的はリリーのようだ。
「防御するんだリリー!空中では避けられない!」
だがリリーは姿勢を変えない。そのままだ、自分に向かって伸びてくるツタを目視しているはずなのに、防御をしようとも、避けようともしない。
やばい、リリーがやられる!
だがその瞬間、その急激に伸びてくるツタが、下の方から張り裂けていくのが見える。緑の液体を撒き散らしながら、茎の壁がボロボロになり、伸びていくはずのツタは勢いを失う。
「勇者様、ツタの中を魂が流れているのなら、身体の治療ほど複雑な事でなければ簡単にツタを操る事ができますよ」
… びっくりして損した。心なしかリリーもスズを見て微笑んでいるみたいだし、リリーはこのことを知ってたな?
というわけで後は降下していくだけの、ツタの向こう側に消えていくリリーを見送る。
「それでは私はアンさんを助けに行きます。先程から私を襲ってこないという事は、どうしてかアンさんに近づいてこようとするものに反応しているみたいですね...」
「私を助ける必要はないよ」
誰の声だこれ?幼い女の子の声みたいだけれど、かん高く、力強く、よく響く声だ。不思議なことにその声は路地の奥の方から、アンの方向から聞こえてくる。
スズにも同様に聞こえてきているようで... 俺をボコボコにした時と同じように、両腕から力を抜き、左足を軸にして構えている。恐らくは戦うときの姿勢なのだろう。
警戒していると、卵の殻の形に編まれたようなツタが、するすると紐解かれていくのが見える。
「よいしょっと... お待たせスズお姉ちゃん、リリーお姉ちゃん。あ、へっぽこのお兄ちゃんもいたんだね。さっきは襲っちゃってごめんね?」
中から出てきたのは、どこかアンの面影を残す、だがまるで別人のような女の子。
前髪で両目は隠れたままだが、顔には軽く化粧を施してあり、死霊と呼ぶには血色が良い。
やっぱりさっきは着替えていたようで、服は半袖で、膝まであるスカート。パーティーにでも着ていくような、カジュアルな赤と黒のドレスだった。
どこかの育ちの良いお嬢様だと言われたら、思わず信じてしまいそうな雰囲気だ。だが、そんな女の子では決してないような、決定的に一つ、目立っておかしい所がある。
それはアンの半袖に通している腕と、スカートの下の足だ。両腕は包帯でぐるぐる巻きにされていて、肌が見えない。そしてそれはアンの右足も同じだ。
だが、アンの左足は、他の場所に包帯を巻いている理由を物語るように剥き出しになっている。それは、小学生の時によく見た、理科室にある存在意義のよく分からない骨格標本と同じ見た目をしていた。
アンの左足はむき出しで、完全に骨になっていた。
「アンさん、怪我はありませんでしたか?敵が襲ってきたようですので、ひとまずここはリリーさんに能力使いの対処をお願いしましょう」
何かがおかしい。あのツタは何だったんだ?どうしてアンに危害を加えず、俺達からアンを遠ざけるように動いていたんだ?そしてなぜ、なぜアンは俺達に謝っていたんだ?
これじゃあまるで...
「違いますスズ!アンが... アンが能力使いなんですよ!」
まるで、アンが四天王の一人みたいじゃないか。
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