第10話
前回のあらすじ、スズとメイが倒れた。
こ、これがアンの言っていたあの老人の能力か... まだ耳鳴りがする...
随分と長いこと倒れていた気がするが、戦況の方はどうなんだろうか。
立ち上がって周りを見ると... 地面の血の跡が増えていたり、倒れた建物の瓦礫が散らばっていたり、見馴れた大剣がその瓦礫に刺さっていたり、スズが消えていて、少し離れたところではメイをタイランが抱いていて二人揃ってこっちを見ていたり...
これはどんな状況なんですか?
「勇者!てめえの能力を使ってスズを助けろ!俺は奴を追うぜ!」
タイランにそう言われるが、能力を発動しようが無いので立ちつくしていると...
大剣の刺さった瓦礫が綺麗に真っ二つに割れ、その片方が宙に吹っ飛ぶ。すると、瓦礫の下敷きになっているスズの下半身が現れた。
え... 本当にどういう状況なんだ?
聞き返そうと、再びタイランの方を見ると... 視界が揺れる。
またさっきのやつだ。あのジジイがタイランの目の前に現れ、俺とタイランで挟むような形になる。
「あの弱そうな男が勇者... にわかには信じがたいが、それでも先に貴様を潰し、血の雨でわしを追えなくさせるのが安全と見たぞ」
「ノコノコ現れてくれたな、ジジイ... め!」
うお、タイランが地面を思いきり殴ったぞ。めっちゃ血が出て... その血がジジイをすり抜けている?
「これは本物じゃねえな!大方また後ろにでもいるんだろ!」
そしてタイランは立ち上がりながら振り向きざまに拳を振るう。
「ぐわああああっ!」
その瞬間、タイランの体で死角になっている場所からまばゆい光が漏れていることに気が付く。恐らく反射的に、タイランは振るった拳を引き、目を塞ぐ。
ジジイが手鏡を持っていて、太陽の光を跳ね返している?あれがアンの言っていたもう一つの能力か!
「二度も同じ手が通じないのは分かっておる。ならば少しだけ頭を使えばいいのじゃ。わしの波を操る能力は、奇襲でも、戦闘でも、隙はない」
そして視界がまた揺らぎ、タイランの首に指を触れているジジイが映る。そして... そのままタイランは膝から崩れ落ちる。
...こ、これはひょっとしなくても相当やばいのでは?メイは動かないし、スズを起こして治してもらえれば...
そ、そうだリリーを呼ぼう。リリーと一緒に瓦礫をどかしてスズに回復してもらえれば...
「勇者よ、お前の相手を今はしないぞ。直にあの小柄な女が来るじゃろうからの...」
ジジイが、こちらを品定めするように見ていた。どこか掴み所のない、不気味な顔だ。
「今は相手をしないだってえ?もう相手が出来ねえの間違いじゃねえか?」
うつ伏せに寝ているタイランの声だ。顔だけはこちらを向いていて、いつも俺に絡むときのニヤついたものだ。
「聞き捨てならないのお、あの小柄な女はまだ来ないじゃろうし、あの勇者らしき者も戦う気は無さそうじゃ。なのになぜそんな口が叩け... 」
「やっぱりよお、てめえは老いぼれだから、ちと頭は足りねえし感覚が鈍ってやがる。お前が俺の能力の事をもう少し考えていれば、俺達が負けていたのによお」
「待て!お前なぜ口を聞け... っ!」
ジジイの顔つきは先ほどまでのものではない。明らかな苦しみに満ちていて、右の手首を押さえている。
「うおおお... おおおおお!」
いや、右の手首が... ない?袖からものすごい量の血が垂れている。
「俺の能力はよお、物体を消し去る能力だぜ?直肌に触れていればなんでもいい、てめえは俺の首に触っちまったな!そしてえっ!消し去った物体がどこに行くか、知っているか?」
「うおおお... だが片腕を失うくらいなんのこと... 貴様はまだ戦闘不能であることに変わりはない... 」
「それは答えじゃねえな。どこに行くかって言ったら、そいつは俺の体内に留まるんだよ!」
アンは言っていた、あのジジイの能力で頸椎を破壊できると。昔テレビで見たことがあるのが、脳からの情報は頸椎の近くの神経を通って伝わるというもの。じゃあタイランは動けないはずなんだ、恐らくメイもそうだ。
なのに、どうしてかタイランは首を使って頭を浮かせ、思い切り自分の額を石造りの地面に叩きつける。それからその反動を使ってか、血を噴き出させながら勢いよく海老反りになり、自身の後頭部をジジイの頭に命中させる。
「うっ... 」
「この能力が教えてくれたんだ、質量はエネルギーだとな!原理は分からねえけどよお、筋肉をちょいと動かしてやるだけならこれで充分だぜ。てめえの脳みそに運動エネルギーを与えて揺らしてやれば、脳震盪だって引き起こせるんだぜ!?」
同じくらいのタイミングだろうか、あれだけの熱弁をしていたタイランは限界が来たのか、ジジイと同じように力を抜いて地面に倒れ、辺りは静寂に包まれる。
物体消失マジックだけじゃなくて、エネルギーがうんぬんかんぬんとな...
でもこれであの酔っ払い三人が倒れていたのを見て、タイランが能力を使ったのをメイが見抜けた理由が分かったぞ。
外傷が無いから能力が分からないんじゃなくて、外傷が無いから脳を揺らして脳震盪を起こしたのがタイランだと見抜いたのか。うーん、なんというか外傷を残さずに敵を倒すという点では、この二人はかなり似ているな...
... ていうかそんなことより頸髄を破壊されたら呼吸が止まるってアンが言ってたから、早くスズを起こさないと。
「アン、ちょっと手伝って... 」
その時、大岩が地面を転がるような、そんな音が背後から鳴り響く。
「またあのジジイか!?」
だがジジイの方を見ても、先ほどと同じ体勢で倒れたままの状態だ。それに音が鳴った方向とは真反対の位置にいる。
恐る恐る音の方向を振り返ると... 顔面に両手を乗せたままこちらを向き、仰向けに横たわっているスズの姿が見える。
... 割れた瓦礫の、もう半分の上半身に覆いかぶさっている方の瓦礫を飛ばしたのか。なんというか心臓に悪い。
「た、戦いは終わったようですね」
良かった... 瓦礫を飛ばしていたからさほど心配は無かったけれど、ちゃんと意識はあるし、動けるようだ。
「スズ、メイとタイランが動けないらしいから、治してやってくれないか?」
スズはニコリと笑い、俺の目を見る。
そして短い時が流れる。何も誰も動かない。
… あれ?なんでスズは動かないんだ?
「突然ですが勇者様、私が能力を発動するために必要なことは何だと思いますか?」
え?それはイメージとかなんだとか...
「前にお話しした通り、イメージや知識を使うことですね。少し曖昧な表現になっていますが、タイランさんが使うのもイメージや知識ですし、リリーさんも、口では気合いと言ってはいますが、実のところあれは、経験や知識に基づいたものを能力で補助しているだけなんです」
は、はあ... それが何だと...
「これは、イメージや知識によって能力を強化出来る可能性を示唆していると共に、能力の弱点でもあるんです。イメージに頼りきっている部分は、そのイメージ通りにしか能力が発動しないんです」
う、うん?
「まあつまり何が言いたいかというとですね... 私の能力のイメージは、私の魂から私の一方の手を通し、対象の魂を操るというものなんです。ということは、自分の手は対象の魂の近くの肌に置かなければなりません」
ああ... まあ確かに初めに俺を治そうとした時も、俺の胸をはだけさせていたし、他の人を治す時も一々手を服の中に突っ込んでいたものな。
「ここで一つ問題があるのです。腕が動きません」
う、腕が動かない?いやだって瓦礫を吹き飛ばしたし...
「あれくらいの瓦礫なら、背筋を使ってブリッジの要領で吹き飛ばす事は出来るのですが... すみません、頭を庇ってしまったばかりに、両腕が全く動かないのです」
両腕が動かないって、それじゃあどうやって治療を...
「ですから勇者様。一つお願いがあるのですが...」
なんだかものすごーく嫌な予感がする... お願いの内容は予想できるし、これしか選択肢が無いのも分かる。だが、これはいささか... どうなんだろうか。
「片腕でいいのです。出来れば、右の手のひらを。私の胸の辺りに持ってきていただけませんか?」
やっぱりだ。
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