第7話
前回のあらすじ、四天王逃走。
「おっしゃアン!あのジジイがどっちの方に逃げていったか教えな!」
「タイランお嬢様。血の跡が一定の距離で、途切れ途切れに地面に残っております。恐らくは、敵もすぐには気付かずに残していったのでしょう」
メイド服の少女は、大剣持ちの少女の手を取り、小走りに血の跡を辿っていく。
「アン様。身体の変形で、物陰に身を隠すことは出来ますか?」
「大丈夫だよお!二人で行ってきて!」
自分に向かって手を振る幼女を確認し、メイド服の少女は加速する。
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身体が激しく揺れている。甘く下くちびるに置いてあるだけの歯が、揺れのせいで時折肉に食い込んでいく。
絶賛スズに担がれ中です。
この際羞恥心は良いとしよう。文字通りパーティー仲間におんぶにだっこしている状態だから、それが物理的なものになっただけ... でもやっぱり恥ずかしい。
だが一番の問題は、なんといっても俺の豚さんがぶひいしてしまう可能性だ。こういうのは一度妄想したら終わりなんだ。数えろ、下くちびるを噛みながら、あのゆるい豚を数えるんだ。
豚が三十八匹... 三十九匹...
「噴水周りでちょっとした騒ぎになっているみたいですね、少女が武器を持って暴れているだとか」
「タ、タイランさんかメイさんの可能性が高いですね... 時間から言っても、もう待ち合わせ場所に着いていてもおかしくないですし...」
豚が四十匹...
「あの二人なら問題は無いでしょうが、心配なのはアンです。スズに死霊を治すことは出来ますか?」
「ア、アンさんの場合は、自身で魂を操って致命傷も治すことは出来ると思います。魂が未練によって固まっているうちは、細切れになったり焼かれたりしなければ自分で治療できるかと...」
豚の... 細切れ...?
「わ、私は魂を操って身体を改造するだけなので、アンさんに出来ない事は私にも出来ません...」
「... メイ達が守ってくれる事を願いましょうか」
誰か俺の豚さんも守ってほしい...
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「なんっじゃこりゃああああああ!」
大通りを抜け、いくつか路地を曲がった頃、大剣の少女の視界はおおかた回復していた。
そんな少女は、地面の血痕がここで完全に途切れているのを確認すると叫び声を上げる。
ちょうど路地を抜けた所、そこは大通りで、人がごった返していた。
「タイランお嬢様のお話から察するに、敵を振動を操る能力を持っているのでしょう。物体の振動、音、光の振幅や波長をコントロールできると...」
「そうだ!こう... あいつが見えなくなったり、音とか光が強くなったりするんだ!」
両手で訳のわからないジェスチャーを繰り広げる大剣の少女。
一瞬の間が開き、メイド服の少女が表情を変えずに続ける。
「でしたら、もしかすると見た目を変えたり、姿を消しているのかもしれません。タイランお嬢様、申し訳ないのですがやはりここは感情を読めるリリー様に...」
「メイ... 俺を見るな、周りの人間を見ろ。良く観察するんだ」
メイド服の少女が目を離した一瞬の隙、鈍く、空気を震わせるような音が響く。直後、少女の視界には、突如降り注ぐ赤い雨に困惑する周囲の人々が映った。
「自身から反射する光を操るって言うならよ、血の付いていないやつが敵だ!探すんだメイ!」
唐突に増える情報量に目を見開くが、すぐに柔らかい笑顔を浮かべるメイド服の少女。
視野を広くし、注意深く確認すると、見える。衣服に着地した瞬間消える、血の滴が。
「無作法な事を失礼しました、タイランお嬢様。あちらの、フードを被った、小柄なご年配の女性です」
大剣持ちの少女はメイド服の少女が手のひらで指した方向へ、砂ぼこりと風を残して走り出す。大剣持ちの少女が前後に素早く振っている左手からは、血が滴っていた。
「タイランお嬢様は本当に無茶ばかり... 能力をこんな風に使われるだなんて...」
大剣持ちの少女は勢いを殺さずに大きく跳躍し、小柄な女性に向かって大剣を振るい、大きな音と共に砂ぼこりを立てる。少女は手ごたえが無い事を確認し、大剣を構える。
砂ぼこりが晴れると、小柄な女性はどこへやら、数滴血を浴びた老人が腰を曲げて立っていた。
「わしは... お前なんぞに構っている暇など無いのじゃぞ」
「そりゃあ寿命が寿命だから時間なんてねえだろうよ!もっとも、寿命より先に俺がてめえの事を墓送りにしてやるぜ。埋葬なんて出来ねえくらいに体を消し飛ばしてな!」
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ありのまま今起こった事を説明するぜ... 噴水の近くのベンチに落ちていた麻袋をリリーが覗いた瞬間、某たぬきロボットのポッケから出る道具のようにアンの身体が出てきた...
何を言っているのか分からねえと思うが、多分昨日見せた身体を変形させるやつだろう...
「アン、タイランとメイはどこですか?」
「ふふふ、リリーお姉ちゃん達、口では言ってくれなかったけど、やっぱり勇者パーティーなんだね」
そういえばがっつりアンの前でも四天王の話していたけど、ちゃんと自分たちが勇者パーティーだっていうのは明かしていなかったな...
周りを見るとこの感じ、ベンチとか地面とかが壊れているし、タイランか四天王が能力を使ったんだろうか... いや、タイランなら物理的に壊した可能性も捨てきれないか。
「ア、アンさん。どうか質問に答えてくださると...」
「質問に答えるのはお姉ちゃん達だよ、スズお姉ちゃん」
アンの笑みは変わらない。だけどどこか重く、不気味だ。
「タイランお姉ちゃんは周りの空気を自分の方向に吸い寄せた。そんなこと、普通は出来ないよね?」
な、なんだそれは。掃除機みたいな感じなのか?胸を大きく膨らませ、口から空気を吸い込む姿しか想像が出来ないが。
「... スズ、恐らくアンは四天王から被害を受けています。この際話してしまっても良いものですか?アンを戦いに巻き込むわけにもいきませんし」
「リリーさん、格好いい能力の明かし方、私達の状況の説明の仕方は何だと思いますか?」
なんか話がややこしい方向に反れているような。今はともかくタイランとメイの安全確保が先なんじゃないのか?多分戦っている最中なんだろうし。
リリーが怪訝そうな顔でスズを見つめると、急に目を見開く。するとその瞬間スズが俺に向かってタックルをし... 担ぎ上げる。
息が詰まる... 後まだ羞恥心は抜けきっていないからな俺...
そしてスズは勢いはそのまま、アンの首根っこを掴み、更に加速する。
「リリーさん!血の跡を辿りましょう!アンさんのお願いなら聞くしかないです!」
すでに遠くの方に見えるリリーは、おでこに手を当て、空中を仰いでいた。
感情が読めるのに、こうも散々に振り回されるものなんだな...




