第3話
前回のあらすじ、宿に一泊。
朝だ。ベッドというのはやはり良いもので、夢すら見ずにぐっすりと眠ることができる。まるで平日の朝のように嫌な現実が脳内に段々と流れ込んでくるが、それに立ち向かわない今だけは幸せなままでいられる。
つまり二度寝と洒落こ...
「うわああああ!!」
硬い、床が硬いぞ... そして体が痛い。
うっすら目を開け、ベッドの反対方向を見ると、リリーが片足を上げ、立っているという光景に既視感を覚える。
「ん、ふぁああああああん... 着替えて出かけますよ、私はすぐそこの水場に行ってきますね... 」
言いたいことだけ言い、首をコキコキと鳴らしながらリリーは部屋を出る。
… まともに起こせよおおおっっ!!
昨晩と同じ食堂の朝食の席には、なぜかリリーとスズしかいない。とっとと朝食を済まさせられると、早速町長の屋敷に向かう。西の町と似たような街並みだが、一軒一軒が少し小さめのような気がする。
「なあ、他の三人はどこへ行ったんだ?メイにも着いて来てもらったほうが良かったんじゃないか?」
「そうですね、ですが西の町の町長の屋敷で、タイランに何が起こったか覚えていますか?」
タイランに起こった事といえば、門の錠前をぶっ壊して、毒で痺れさせられ、大量の針に刺された事くらいしか思いつかないが...
「そもそも毒で痺れさせられた理由ですが、あの屋敷のメイドがすすめたお菓子を食べたからなんです」
屋敷のメイドっていうと、兄貴を助けられたくないからって俺達の邪魔をしたあのメイドか...
「私でしたら他人の悪意を感じることが出来ますし、スズでしたら気絶でもしない限り自分で治すことができます」
勇者パーティーの二分の一に毒が効きません、盛っても治してしまいます。改めて事実だけ整理するとこのパーティーが強すぎる。俺さえいなければ。
「腹芸も出来ませんし、屋敷の中で遊ばせておくのは危険と判断しました。メイならタイランをしっかり管理してくれるでしょうし、その方がタイランも気楽でしょう」
つまりリリーは俺の保護者で、メイはタイランの保護者だと。
「ついでなのでアンも任せておきました。三人でメイの服の仕立ての材料を買いに行くらしいですよ。この町に何日滞在するか分かりませんし、いい暇つぶしになるでしょう」
なるほどね、昨日チラッと見た新しいメイド服を早速仕立てるわけだ... よく分からんが手で縫ったり、ミシンを使ったりするのだろうか。
歩いていると道の間隔が段々と広くなっていき、噴水のある広場のような場所に出る。
四方の通りから入れるようになっていて、白い石が敷き詰められた地面にはおかしな模様が刻まれている。
そんな広場で最も目を引くのはなんと言っても噴水のど真ん中にある物で....
「忌々しいですね」
リリーが悪態をついたそれは、村でも確認した、俺もよく知る女神の石像だ。両手を空中に掲げていて、何かをすくうような、はたまた何かをねだるようなポーズをしている。
「リ、リリーさん。い、一応お外ですので、そういうお話は... 」
スズに注意されると、リリーは若干目を泳がせる。
「すみませんスズ... 適切ではありませんでした。ところでへっぽこ」
お、ちょっと後ろめたいのか?まあ女神像にナイフ刺してるわけだからな... あ、睨まれた...
「あれを見てください」
俺を目で制するや否や、リリーが遠くの方を指差す...
あれは時計塔っぽいな、気にしてなかったが、ありがたいことに十二時間で一周の仕様のようだ。
「時計は異世界と同じですか?十二時にここの噴水でメイ達と待ち合わせ、お昼を食べる約束になっています。今が十時ですから、少し急ぎましょうか」
昼... 昼はラザニアがいいな... 一旦その口になったらもうそれを食べる事しか考えられないよな。後でリリーに頼んでみよう。
*********
「なあメイぃぃ...あそこの串焼き食おうぜえ。腹が減って力が出ねえよ」
「筋組織の治療なら昨日スズ様に手伝ってもらいましたし、タンパク質も昨日大量に摂取されておられました。タイランお嬢様はカロリーを必要とされないでしょう?お昼まで我慢してください」
賑わった市場を歩くのは、目立つ格好をした三人の少女。腰の剣や防具はさほど珍しいものではないが、背中の大剣やキテレツな杖、更にメイド服といった物は、やたらと人の目を引いている。
「ふふふ、カロリーを必要としないだなんておかしな言い方だよね。何かの演劇の設定なの?」
「ううん... いいや、それを今ここで明かすのは格好良くないぞアン!時が来たら教えてやろう!」
格好も言動も目立つが、三人は周りの目なんて気にしないといった風に自由気ままに歩く。
「ええい、じゃあ生地だ!生地と装飾品を調達してとっとと噴水前で集合するぞ!」
「タイランお嬢様、どれだけ早く買い物を済ませてもお昼は早く来ませんよ。宿の主人から聞いた店まではもう少し歩きますし、抑えてください」
大剣を持つ少女が軽く頬を膨らませる。それからつまらなさそうにあくびをし、市場に並べられていた商品を見渡していると、ふと自分のスカートの裾が引っ張られている事に気がつく。
前髪で目の隠れた幼女が何か言いたげに立ち止まり、裾を掴んでいた。
「タイランお姉ちゃん、肩車して」
「ああ?それ位良いが、死霊は浮くことが出来るんじゃなかったか?」
「タイランお嬢様、街中で浮いては目立ってしまいます」
大剣持ちの少女が軽々と片手で幼女を肩に担ぐと、一行は再び歩き出す。
まるで人形のような軽さで持ち上げるので、あまりにも幼女が軽いか、はたまた大剣持ちの少女が余程の腕っ節の持ち主か、そんな目の錯覚のような光景が周囲の目には映る。
*********
「旦那様は今別の客人を応対しておりまして、少しお時間を頂きます。はるばるお越し頂いたのに申し訳ありませんが、こちらの部屋でお待ちください」
噴水の所から二十分程歩かされると、町長の屋敷に着く。周辺の建物よりも少し大きく作られていて、西の屋敷と雰囲気は大きくは変わらなかった。
応対してきたのは、前回のようなラノベから出てきたようなメイドではなく、ラノベから出てきたようなダンディーな執事だった。
応接室のような部屋に案内すると、お辞儀をして出て行ってしまう。
「村が崩壊した事と宿屋の事を伝えて、向こうからも何か情報を引き出しましょうか。他に分かりやすい事件があればいいのですが」
うむ、前回同様リリーに任せよう。
時を待たずして執事がワゴンを引いて再度入ってくる。どうやらお茶を出してくれるようだ。
紅茶とよく分からないお菓子がテーブルに置かれ、執事はドアの前に立つ。
一応リリーに目配せするが、何のためらいもなく口をつけたので多分問題はないのだろう。
「退屈ですし、ちょっと聞きたいのですが... ここ何日かで、大きな事件はありましたか?」
沈黙を破るようにリリーが執事に尋ねると、執事は少し考える素振りを見せる。
「わたくしは正確な情報を持っていませんので、あまり的確な事をお伝えすることは出来ないのですが... 今旦那様が応対していらっしゃいます、衛兵の持ちこんだ事件が答えになるかと思われます」
タイミングドンピシャだな、サンキュー衛兵。
衛兵と言えばこの世界に召喚された時の、謁見の間っぽいところにいたっけな... あまり見かけないが、事件に絡むって事は警察のような位置付けなのか?
「特に内密な事ではありません。お茶をお楽しみ頂いている間に申し訳ありませんが、変死体の話になります。それでもよろしいでしょうか?」
「ええ、気にしないので続けてください」
なんかグロい話だったら嫌だな... 先にお菓子食べておくか。
ん、アイシングっていうのか?白いそれが乗っかっているケーキみたいなやつで、普通に美味いな。生地も柔らかいし、口の中に頬ばった瞬間にレモンの風味が広がってくる。
「発見されてからまだ間もない事だと伺っております。とある宿の主人が自室で亡くなっていたところを、従業員に発見されたそうです。外傷は一切見られず、抵抗の後も無いため、状況だけ見れば自然死の可能性が高いのですが... 」
執事が少しだけ間を置き、目を瞑る。
「遺体の首の骨が粉々に砕けていたとの報告だそうです。傷もアザも見当たらなかったとの事なので、どう考えても不自然だと... 」
「殺人であれば能力持ちの可能性が高いと言う訳ですね」
外傷無しで首の骨が粉々... 待てよ、外傷無しの気絶なら昨日見たぞ?
「へっぽこ、タイランにはそんな事は出来ませんし、しませんよ」
心を読むんじゃねえよ。
「豚の宿の従業員の証言として、宿の主人は早朝に小柄な女性と話していたらしいのですが... 」
「豚の宿?もしかして被害者は豚の宿の主人ですか?」
な、なんか聞いたことある名前だぞ...
「リ、リリーさん。これって... 」
「執事!私達は帰ります!南の村が地震で崩れたと、町長に報告しておいてください!」
豚の宿って、俺達が泊まっている所じゃねえか。
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