第1話
前回のあらすじ、筋トレした。
王都と似た造りの南の街に入り、リリーが宿の手配を済ませた頃には、辺りが暗くなり始めていた。
宿の看板には、シンボルのような豚の顔がゆるく描かれていて、下にわけのわからないアルファベットが刻まれている。
宿の名前が、豚の... 宿?なんだそれは、豚小屋か。
「スズぅ、治療頼むよお」
「は、はい。筋組織の治療ですね」
筋トレで動けなくなっていた俺はリリーに引きづられ、宿の一階の食堂を通り抜けている。
タイランの大声のせいもあるだろうが、絵面的にも非常に周りからの視線が痛いです...
「部屋は、タイランとメイで一つ、スズとアンで一つ、私とこの阿呆で一つ取りました。お風呂でも入った後、夕食時に食堂で落ち合いましょう」
二階の廊下の突き当たりの部屋までひきずられ、ベッドに軽々と投げられる。
もっと優しくして...
「私は体を洗って来ます。何かあれば、大声で叫べばメイが駆けつけるでしょう」
と、言いたいことだけ言って部屋を去るリリー。護衛の観念からリリーと寝室を共にする訳だが、心が休まらん... 勇者のオフタイムくらい休んでろよ敵サイド。
しかし知識で無双出来ないとなると、本格的に能力を発動させないと死んでしまう。能力の発動にはイメージを使うとタイランは言っていたが... 魔物を塵にするイメージってなんだよ、そんなの犬畜生に何万回もしとるわ。
そろそろ死んで女神に聞くべきか... だが頼むのは癪だし、何よりペナルティが怖い。次は考えただけでアウトとか、視界にそういうものが入ったらアウトとかになるのだろうか... 最悪のケースが、俺の俺を没収させられることだ。
と、体が動かせない中物思いにふけっていると、ノック音。
「勇者様、メイです。リリー様からこちらにいらっしゃると伺いました。少しお時間よろしいでしょうか?」
メイドだからか、スズとは違ってすぐには部屋に入ってこない... と思ったが、二日連続でメイに不法侵入で起こされてたな俺...
「ああいいぞ、入ってくれ」
「失礼します」
旅路と同じメイド服で入ってくるメイ。手には、荷車でも見た、服の絵が描かれた紙を数枚抱えていた。
上品な足取りで俺の横たわるベッドまで近づくと、ゆっくりと腰の剣を抜いた。
一度の瞬きだ。
一度の瞬きのうちに、俺の首元にその剣は音もなく当てられていた。
どこか既視感のあるこの光景。リリーは人の感情や弱点がわかると言っていたが、あの調子で、人の瞬きのタイミングも読めるんじゃないだろうか?だから初日にタイランをぶっ飛ばした時には、俺の目に映ることなく動けていたが、一昨日は俺とタイランの瞬きのタイミングが合わず、俺の目に捉えることができていた。
だが、リリーは能力あってのその動き。メイはそれ無しで俺の瞬きのタイミングを読んだのか?
「にゃ、なんですか?」
ま、まさかまさか勇者パーティーの従者が勇者を殺そうってんじゃないだろうし、二度の物騒なモーニングコールでメイがすぐに剣を抜くことは知っている。
だが反射的に俺の声は裏返る、体が動かない時に剣を向けられるほど怖い物は... あるが、結局これも怖い。
「一つ、訂正していただきたいのです。」
「ひゃ、ひゃい」
な、何でも訂正しよう。今なら天動説が正しいと唱えられるし、人は猿から進化したのではなく、あのクソ女神によって作られた物だと言おう。
だから俺を殺してあそこをもぎとるのだけはやめて...
「タイランお嬢様は... 」
タ、タイランの話かよ... 初日から適当にあしらう場面が多かったけど、かなり忠誠心が強いと見たね。
「は、はい... これからはタイランお嬢様とお呼びしますから」
「そういう事を申しているのではありません」
待って刃先を近づけないで...
「勇者様は理解しておられないのです。たかだか一週間のお付き合いとは伺っていますが、それでも勇者様はタイランお嬢様への認識を大きく見誤っておられます」
タ、タイランと言えば無尽蔵の体力、大雑把、元気、そして脳筋。能力は防御系じゃないかと四天王は推測していたが...
「そうです、勇者様のそのお顔です。そのお顔が全てを物語っております。リリー様は、タイランお嬢様の脳筋っぷりをよおく分かっておられます。ですが、あなたは違うでしょう」
お言葉ですが、タイランがあまり深く物事を考えないのは俺も見て来たわけで...
「確かに、タイランお嬢様は能天気で、考えたらずで、三歩歩めば重要な事も忘れてしまうお方です」
あれ、今ってタイランを罵る時間だっけ?
「ですが、決して馬鹿ではありません、リリー様はそこは理解しておられます。ですが、あなたのその表情は明らかにタイランお嬢様を馬鹿にしていらっしゃる。能力も発動出来ない、体力も無い、おまけにろくな知識もない。そんな勇者様がタイランお嬢様を馬鹿にする、これが許せないのです」
け、決して馬鹿にしては無いんです... 少しリリーと同じようにタイランを呼んだだけで...
「当然、一人目の四天王討伐に貢献してくださった事は感謝しています。あなた様のその精神力は評価しております。ですが」
刃先を横にし、切れない部分を俺の首にそっと当ててくる。ピりついた空気からか、硬くて冷たい感覚がとても鋭い。
「タイランお嬢様を理解せずに心の中でも脳筋と揶揄する行為、それは許せません」
理不尽だ... 第一、俺は一度もタイランのことを脳筋とは呼んでいないはずだ。心の中を読めるならまだしも、冤罪だったらどうするんだ。このメイドはリリーか。
だが、俺と俺の俺の生殺与奪権をこのメイドが握っているのもまた事実... 要するに、俺が脳筋脳筋と頭の中で考えなければ許してくれるわけだから、ここは穏便に受け入れるしかない...
「は、はい... これからは認識を改めるので許してはいただけませんか... 」
へりくだれ...!弱きを挫き、強きに膝まずくんだ...!情けなくなんかない、これも生きるため...
するとメイは元から鋭く細い目を更に細めたかと思うと、剣をさやに収めた。
「... こちらこそ、行き過ぎたことをしてしまい、申し訳ありませんでした」
ひ、ひとまず助かったか?
「それでは、本題に入らさせて頂きます」
え、今のが本題じゃないのか?
と口にする前にメイは鉛筆をどこかから取り出し、持っていた紙に向ける。
「勇者様の以前の世界での装いについてお聞かせください。主に、十代後半の女性が好み、可愛い、そして美しいとされる装いを中心にお願いします」
… 女性のファッションなんか知らねえよ!