四天王戦ーその7
前回のあらすじ、能力の詳細。
胸部をナイフで貫かれ地面に突っ伏した男を前に、フード姿の男が屋根の上にて倒れた少女の姿を確認すると、何が不満なのか、眉をへの字に曲げる。
「ん... 時間切れか... 刺し傷が浅すぎて奴は死んでいない。だが... 」
男が市場の先、自身の進行方向を見ると、一人の浮浪者の格好をした少女を確認する。
少女は顔を俯かせてはいるが、その実チラチラと反対側の建物の屋根の上を確認している。
汚れたフードを被ってはいるが、注意深く観察をすると、フードの隙間からは整った髪と手入れされた肌が見える。
「俺の指は探知機にもなるんだ、自分の魂だもんな。それを抜きにしてもバレバレだが... さすがに今のであの頭のおかしい女にも仕込んだ指はバレちまったが、何も問題はない」
男は自身の胸部を剣で貫いた少女を連れ、避ける野次馬の合間を縫い、落ち着いて市場を歩き始める。通りにある様々な光源のせいで両者の影は交わらない事は多々あるが、彼女の影に蓄積された魂のせいで彼女は未だ操られたままだ。
「逃げるつもりでいたが予定変更だ。あの小さい女が気絶している今が好機」
杖持ちの少女の背後の壁にはランプがかかっており、少女の目の前の地面は影で覆われている。
「頭のおかしい女を殺せば後は何も怖くない」
そのまま男はゆっくりと歩みを進め、互いの距離は一メートル程となってくる。
男の影が少女の影に後一歩で重なるといったところ... 市場の光源の位置関係から影の向きが変わり、メイド服の少女の影と男の影が交わらなくなった瞬間、杖持ちの少女は男の影に手を伸ばす。
だが当然男はその動きを読んでいた。いち早くランプと彼女の腕の間に手をかざし...
彼女の動きを止める。
「っ!?」
「惜しかったなあ、ん?屋根の上のあいつなんか気にせずに魂の流れを感じ取れば、位置がバレてるって事くらい分かりそうなものだがなあ!あとちょっとでお前の手とこの男の影が重なるところだったのになあ!」
男は彼女の手に影を重ねないように、俯いた彼女の顔を覗き込もうとする。
「あのちっこい少女がいない今、お前を殺すのは造作も無いことだよなあ... 」
そこに浮かべられているのは絶望の表情か、驚愕の表情か... 男は予想しながら彼女の顔を確認するが... そこに浮かべられていたのはどちらの表情でもなかった。
「ん!?どこを見て... 」
「メイを離せええっっ!!」
杖持ちの少女が見ていたのは男が歩いてきた方向で... 二十メートル程先の黒髪の男が目に入る。
その男の胸の部分の服は引き裂かれ血が付いていたが、そんな事など意に介さずに走っていた。
**********
辺りは真っ暗で何も聞こえない。
手や足の先は酷く冷たく、震えている。反対に俺の胸の部分はとても熱い。音は聞こえないのに、力強く脈を打っている感覚はあって、とても不思議な気分だ。
(... 俺、何やってるんだっけ)
暗い部屋の中で寂しく一人過ごしているような、そんな感覚を覚える。
そんな気分から抜け出そうと、思案を巡らせると... 頭の中に流れてくるのは天界での出来事と、市場でメイが刺された姿だ。
(そうだ... 俺、生き返らないと)
その瞬間、脳内には周りの音と視界の情報が流れ込み、俺を現実に引き戻す。
目を開けると、そこには血塗られた石畳の地面が広がっており、耳には周りの野次の騒ぎの声が流れ込む。
周りの情報が整理出来ていない中、俺の曇った脳内を晴らすのは若い男の声で...
『あとちょっとでお前の手とこの男の影が重なるところだったのになあ!』
左を向くと、四天王の後ろにはこちらを向き頷くメイ、前にはスズがいるのが分かる。
その光景に、まるで風船が一気にしぼむような感覚を覚え...
気付けばがむしゃらに走り出していた。
「ん!?どこを見て... 」
「メイを離せええっっ!!」
男がこっちを見た!
男からは二、三十メートルも離れている。俺の鈍足じゃ追いつくまでに時間がかかりすぎる...
だが...
「馬鹿野郎!こっちには人質が... 」
「どなたの事でしょうか?」
理由は分からないがメイが動き出している!
「時間切れです。魂が無くなったことに気づかなくなるほど夢中になられていたのですね」
そこからは早かった。男が動き出す前にメイは体当たりをする。すると男はスズの方によろめくが...
「うおおおおっっ!!」
男はスズを警戒し、人間には不可能な角度に膝を曲げたかと思うと、地面を蹴って俺から離れるようスズから逃れる。
**********
膝が逆の方向に曲がったフード姿の男は、市場をガムシャラに走り出していた。
後方の追手であるフード姿の少女は静止しているし、メイド服の少女の胸には剣が刺さっているため素早くは追いつけない。
『逃がさないぞ!』
「な、なんだあの男... なぜ死んでいない!?それにあの目... 絶対的な何かに自信を持った目だ!」
男は膝から溢れている血など気にせず、数メートル先の市場に繋がる、左に曲がる路地を見据える。
「あの道... 明るい!強い光原があるな!あの頭のおかしい女の手にさえ触らなければ良いんだ。追って来れば落ち着いて影を重ねてやる」
その道の光は強いようで、男の進行方向に伸びる影が光に照らされると、影がどんどんと消え初めていく。
男が路地を曲がるまであとニメートルと言ったところ、その路地の真ん中の箇所から市場まで、一つの通行人の影が伸び始める。
「女の通行人の影... だがそんな事はどうでも良い!あいつらから逃げ... 」
「銀髪の男。お前だな」
路地を曲がる瞬間、男が目にしたのは大剣を背中に収めた少女で... 気付けば頬を殴られ、路地に入るように飛ばされていた。
そして男が無様に着地した瞬間、魔物は理解する。
自身の本体が、銀髪の男から飛び出していた。
(な、なぜだ... なぜ俺の体があのガキの影から飛び出ている!?)
自身の乱れた前髪の隙間から、市場の方角、数メートル先で焚き火のすぐそばに横たわっている銀髪の男の方を確認すると...
「た、焚き火だと!?」
「あん?よく分からねえが、リリーが火を点けろって言うから点けたんだぜ」
「か、身体を吹き飛ばされた時... 焚き火の真上を通った瞬間、影が消えただと!ん!?」
魔物が言い終わる前に、大剣持ちの少女は背中の大剣を抜きながら走り出す。
「魔物であるてめえが本体だなっ!!」
自身の体が引きずり出され、相手は着々と距離を詰めてきている状態だ。
だが、大剣持ちの少女が焚火の横を抜けた瞬間、魔物は冷静に状況を判断し始める。
(ん... あのガキの影には触れられねえ、遠すぎる。だが... あの大剣、めちゃくちゃに間合いが広いわけじゃねえ、能力がまだバレていないのなら奴が大剣を振るう瞬間、影に触れて操ってやる!)
「この勝負!やはり俺の勝ちだ!」
魔物が勝ち誇った顔で少女に向かって指を差した瞬間... 大剣の間合いのはるか外で少女は大剣を振るう。
魔物と焚火を結ぶ直線から少し逸れた所で振るわれた大剣の影が、魔物の体と交わることは無い。
(な、なんだ!?ん?なんでそんな遠くで大剣を振るったんだ!?奴の影に届かねえ!?)
間合いのはるか外で振るわれた大剣だったが... それはなぜか魔物の胸部まで到達する。
「大剣を... 投げた?」
瞬間、魔物の胸部はざっくりと深くまで切られ... 傷口からは赤黒い霧が勢いよくふき乱れる。




