四天王戦ーその6
前回のあらすじ、四天王の位置を突き止める。
「お、あっちの路地とかはどうだ?」
「いえ、あそこからは浮浪者達の声が聞こえてきます。騒ぎになっていないということは、戦いはが起こっていないという事であると存じます」
とりあえずメイに連れられるがままに市場に来てみたが... 市場に面する路地も結構な数があって、探すのが大変だな...
他の路地も覗こうと、少し通りの端の方に寄ろうとすると... メイが急に立ち止まり、遠くの方を見据える。
「メイ?」
すると何の前触れも無く何かが目の前の空を切り... 市場を歩くフード姿の通行人の後頭部に当たる。
同時にメイは剣を抜き... 一瞬でそのフード姿の人の後ろまで移動し、剣を首に当てる。
-
「フードの隙間からの銀髪... 少年... 弟さま、ですよね... 振り向かないようお願いいたします。いくつかの質問に答えていただきたいのです」
ぎ、銀髪!?ひょっとするとあのフードを被った人が弟さんなのか?でも少し様子がおかしいような...
弟さんの後頭部に当たったのは... 水色のボタン?もしかしてタイランが遠くからこれを放ったのか?
「靴の傷はナイフが貫通した跡だと見受けられます。杖を持った十七歳ほどの女性、そして黒髪ショートヘアの、マフラーをつけた女児の見た目をしている女性を知っていますね?」
「... しい」
「もう一度お願いします」
「どう考えてもおかしい... 勇者が戦闘向きの能力を持っていない情報は受けていたが、この状況で勇者が何もしないとはどういうことだ... 」
メイは剣の刃の部分を首に向け、皮膚に当て、そして空いている手で弟さんの被っているフードを外す。
「その頬の傷... スズ様の突きですね。痛みを気にせずに歩かれているという事は、敵は弟さまではありません。弟さまは操られておられるのですね。スズ様とリリー様からお逃げになっているのですね?」
「ところで... 俺たちは今、何秒くらいここで喋くっていた?五秒か?十秒か?」
「質問にお答えください」
すると男はゆっくり右手でメイの顔を指差しながら,,,
「おいおいおいおい... とてもとても大事なことなんだぜ。ん?お前の命がかかったとっても大事なことなんだよ」
なんだこいつ... 異様だ。四天王がこの弟さんを操っているとして、なぜすぐに攻撃態勢に入らないんだ?様子から察するに、遠くから操っているわけではなくとりついているみたいだが...
だがこんな異様な光景のせいで俺たちは一つの事実を忘れていた、ここはそこそこ人の通る市場で...
『おい嬢ちゃん!なんでこんな街中で真剣なんか抜いてるんだ!』
そんな場所で一人の少女が真剣を抜いているというのは大変な話だ。当然通行人の目についてしまう。
「いや、あの... これはお芝居で... 」
「弟さま、あなたを殺します」
「メイさん!?」
『誰か衛兵呼んで来い!』
さ、騒ぎになるんじゃ... 周りの人が逃げ始めているし...
「メイ?どうして... 」
「もっとです、もっともっと騒ぎを大きくします」
するとメイは弟さんの首に腕を回し、自分の方に引き寄せ、首に当てている剣を周りに強調させる。
『ご、強盗か?』
「騒動を起こし、ここにリリー様とスズ様をお呼びします。時間はかかりますがタイランお嬢様もいずれここにいらっしゃいます。どうかここからは指一本動かさないようお願い申し上げます」
そうか、スズやリリーをここに呼べば... だが、なぜこんな状況なのに男は平静を保っているんだ?
「んー... 影が... 動いちまったな。ここいらが潮時ってところか」
「お静かにお願いします」
周りの騒ぎやメイの少し強張った無表情とは裏腹に、男の表情は先ほどよりも涼し気で、どこを見ているのかよく分からなかった。
不気味な男の表情は理解できなかったが、ただ一つ、男が指を一本さえ動かしていなかったことだけは理解していた。
なのにそれは起こったのだ。
「お、おいメイ?」
何の前触れもなくメイは目を見開かせ、自身の右腕を凝視する。その剣を握った手はゆっくりと男の首から離れていき... なぜかメイの首に刃が当てられる。
な、なんだ!?何が起こっているんだ!?
「そ、その男にされているのか!?」
「勇者!お前がいるからこの女はまだ殺さないでやる。お前の能力... パルスとチャーム相手に発揮させる必要が無かったその能力... その未知の能力を使わせないために殺さないでやるんだ... ん?言っている意味が分かるか?」
俺たちを薄く囲う野次馬も、メイも、俺も、きっとその男の姿に呆気に取られていた。
「俺は今からこの女を連れて行く。誰にも追わせはしねえ」
すると男はフードを被り、ズボンのポケットに手を突っ込んで立ち去ろうとする。メイも男の真後ろ、影を重ねるようにして、ぎこちなくついていく。
「ま、待て!」
こんな奇妙な状況を前に、俺は深く考える事が出来なかった。気付けば腰から短剣を抜き、両腕を震わせながら男に剣先を向けていた。
すると男とメイは立ち止まる。
「んー、分からねえな... 貧弱な体格、賢くない行為、そしてなぜか能力を使わない。お前本当に勇者か?」
「だ、黙れ!メイを... 放せ!」
だ、駄目だ... 考えろ。メイの首に刃先が触れた状態だと何をしても遅れる。首が飛ばされた状態でもスズは治せると言っていたが、スズの到着が遅れれば先にメイが死んでしまう...
だが... リリーならこの男に気取られずになんとか出来るはず... それまでは俺が奴の気を逸らすんだ。
「音は... 問題無い。これだけこの女が騒ぎをでかくしたんだ。周りの騒いでいる人間のおかげであのちっこい奴に音だけで悟られることは無いだろう。奴が屋根や屋台の影から体を出した瞬間に俺が目視できるよう、三百六十度しっかり周りを見ていてやる。そうそう、これは俺にそんなちんけな物を向けた罰だ」
「っ!?」
な、なんだ?メイの持っている剣の先が首から離れていって... メイの胸に向けられた!?
そのまま少しの間静止したかと思うと... 剣は勢いよくメイの胸部を貫く。
『きゃあああぁぁっ』
『お、おい!早く衛兵はまだか!?』
「あ、ああ... メ... イ?」
様々な怒号や叫び声が飛び交う中、いつもなら俺も周りのように取り乱していたはずだ。
だが俺は、ひっそりと冷や汗をかき、足をびくびくと震わせながら、ただ真っ白な頭の中で物事を考えていた。
どこか俺は、この四天王戦を甘く見ていたのかもしれない。いつも俺は蚊帳の外で、ただ逃げ回ってリリー達が敵を倒してくれるのを待っていただけなのかもしれない。
心の中では、強くなりたい、この異世界物語の主人公になりたい、勇者になりたいと思っていたのに、俺は何一つ自分から行動しようとはしなかったじゃないか。
「ん... 安心しろ、急所は外してある。この女を殺したら俺が危なくなるからなあ。俺が逃げるまで追ってくるんじゃねえぞ」
だが、メイが死ぬくらいなら... ここで四天王を逃がすくらいなら...
「能力... 俺が死んで、能力について聞き出してやる... 」
うっすらと、誰にも聞かせないほどに、小さな独り言が漏れる。
すると俺の真っ白な脳みそは、ひとりでに俺の腕に命令し... 男に向けていた役立たずの短剣を、俺の首に向ける。
やれ... やるんだ... 女神は言っていた、俺の魂は天界にあるのだから、俺が死んでもまた生き返ることが出来ると... 俺は何度だって生き返ることが出来るんだ... 恐れる事は何もないんだ...
自然と涙がこぼれ、腕と足と歯がガタガタと更に大きく震える。
刺せ... ひと思いに刺すんだ...!ゆっくりじゃ死ぬまでに時間がかかってしまう...
だが、人間の脳みそのメカニズムというのは、優秀であり、今の俺にとっては憎むべきものであった。
カランカラン...
気付けば短剣は地面に落ちていて... 俺は力無く地面に膝で立っていた...
「やっぱり... 無理だよ... 」
「なにか妙な真似をしたかと思えば... この絵描きの男のように気でも狂ったか?だが... 」
男は立ち止まって振り返ったようだ。短剣ばかり見つめる俺に話しかけてくる。
「お前はこの絵描きの男のように、俺を形どる魂の生前のように、深く絶望しているわけじゃねえんだ。お前にはまだ助かる道があると思っていやがる。弱えんだよ... お前の意思は、覚悟はよ!まるでヒーロー物語のヒロインのように、助けてヒーロー!なんて思っているんだ」
男が何を言っているのか、良く聞き取ることは出来なかった。ただ俺は、情けなく地面の短剣を見つめるばかりで...
その短剣には、俺の後ろの、高く建てられた建物の上の様子が映っていた。そこには一人の人物の影が映っていて...
その建物の上にいる人物は、太ももからナイフを抜き取ったかと思うと、大きく目を見開き、それを投げる。
次の瞬間、俺の視界は真っ黒に包まれた。




