不法侵入をしよう!
前回のあらすじ、ぶち破られた壁、広くなる部屋。
あれからタイランとメイに事情を説明し、しっかりと明るくなってきたころ、俺たちはタイランも交えて町を歩いていた。
メイは店員さんの人形を全て没収し、見張ってくれている。
「ふあああぁぁぁ... 昨日の夜誰も顔を見せないと思ったら朝からこれかよリリー」
「文句言わないでください、事情は説明したでしょう?」
昨日はタイランが疲れていたようで、俺たちが宿に戻る前に夕食と床につく準備を済ませていたため、スズや店員さんとも会わなかったようだ。
「ところでタイラン、騎士団長の件はメイに伝えたんですよね?」
「おうよ、問題無く伝えたぜ!」
「騎士団長の件ってなんだ?タイラン」
「この戦いが終わったら、俺は騎士団長になるんだ」
き、騎士団長?衛兵とは違うのかな... この国の仕組みは良く分からんが、なんか偉い人っていう認識でいいや。
…. タイランが、騎士団の長?可能なのか?
「騎士団っていうのは、衛兵が対応できない問題を解決する存在っていう認識で良いですよ。それでタイラン、それをメイに伝えた後、変わった事はありませんでしたね?」
「変わった事?」
するとタイランは腕を組み、顔を右斜め上に向け、その後左斜め下に向け... 最後に上を向きながら考えると、結論を出したようにリリーの方に向き直る。
「猫が窓から入ってきたな!魚をあげようとしたら逃げちまったぜ」
「... そうですか」
会話のレベルが高すぎてついていけない。
「そういえばスズ、まだあの女の弟の話を聞いていませんでしたね。多分ですが、スズならすでに何か聞き出しているのでしょう?」
「は、はい。えっと... 弟さんはあの店員さんの双子の弟で、歳は十六歳。絵描きになるのが子供の頃からの夢だったようで、今は働かずに絵を描いています。髪や瞳の色は、店員さんと同じく色素の薄いもの。身長はあの店員さんより低く痩せ型」
へえ... あれ?なんかスズの瞳がどんよりとしているような...
「特に親しい友人や交際相手はおらず、日々の話し相手は姉である店員さんや、買い物をするお店の人、後はたまに美術商に絵を持ち込むときくらいですね。小動物のような性格をしていて、おっとりと、波風を立てないように生活をしていて、ただ自分の絵を描くことが生きがいのようです。あと、確実に弟さんは姉に、姉は弟さんに依存しています。同じ部屋に住んでいて、姉である店員さんとは趣味が合うそうで、弟さんが描く物は主にお姉さん関係のもの。人物画はもちろん、お姉さんの作る人形や洋服を描くこともあるようです」
え、ええと...
「スズ、もう良いで... 」
「生活サイクルは本当にめちゃくちゃで、寝る時間も起きる時間も食事の時間も特に決まっていないようです。たまにふらっと外に出ると、カツアゲされて帰ってくることがあるので、そこが心配だと店員さんは言っていました。食べ物の好き嫌いはありませんが、魚が続くと不機嫌になるようです。あ、ここで言う食事っていうのはお姉さんの作る食事です。弟さんは料理が苦手なようですが、それ以外の家事はほぼ全般やっているようです。たまに起きている時間が合わないのと、お姉さんの縫った洋服が洗いにくいということで、洗濯は近所の宿屋に頼む事もあります。ここで弟さんの幼少期の話に入りますが、その前に知っておいた方が良いのが... 」
「スズ、止まってください」
「やっぱり幼少期の事が今の性格に強く影響しているようです。中でも店員さんの記憶に強く残っているお話が... 」
無駄だと分かったのか、進行方向を見据え、心を無にするリリー。同じく町の建物を眺める俺。そしてそもそも話を聞いていないタイラン。
俺たち三人は、壊れたラジオのように止まらないスズの声をバックに、しばらく町を歩く事になった。
**********
路地裏に入り、くねくねと狭い道を歩いていくと辿りつくのは、こじんまりとしたアパートのような建物の一室。
どうやって店員さんはこの場所を正確にスズに伝え、スズがここにたどり着くことが出来たのかは分からんくらいに複雑な道だったが... これを聞き出すとまた面倒な事になりそうなのでやめておこう。
「はい、色々考えるのも面倒なのでとっととノックします」
はい、お願いします。道のりが長すぎてリリーやタイランの事よりも深くこの弟さんの事を知り尽くしたような気がする。
「... いませんね」
「ああ、出かけてんじゃねえのか?とりあえず鍵がかかってないかどうか... あっ」
そう言いながらタイランが扉のハンドルを捻ると...
「ごめんリリー、取れちゃったぜ」
開かずの扉になってしまった。
あ、リリーが頭を押さえている... 頭痛が酷そう。確かに一日に二度の器物破損だものな。
「あなたもですか、タイラン」
「ごめんリリー!」
「す、すみませんでした」
頭を抱えたリリーは空を仰ぐと... ふっきれたように扉に向き直る。
そして、扉を思い切り蹴った。
すると激しい金属音と共に、扉が力いっぱい開く。
「もう面倒です。あの二人には新しい扉をプレゼントしてあげましょう」
「お、送ってもらうお金をもう少し増やしてもらえるようお願いしますね」
**********
乱暴な空き巣のように押し入ったその住まいは、二部屋のこじんまりとしたものだった。一部屋は台所、奥のもう一部屋は寝室のようだ。
意外と綺麗に整理された寝室だな。寝室がそのままアトリエになったような感じで、二つのベッドの他には、イーゼルやら画材道具やらが置いてある。
絵がたくさん飾ってある部屋をイメージしていたが、壁に飾ってあるのは一枚だけで、他は裏向きに立てかけられ、壁の方に寄せて置いてあった。
「やはりいないですね。少し待ちましょうか」
全くの遠慮をせずずかずかと入り込み、飾ってある絵のそばのピンクのベッドに座るタイランとリリー。そしてそわそわと落ち着かない様子で部屋のあちこちを観察するスズ。興味深いといった様子で、画材道具や絵を見ている。
この三人... なんでこんなに不法侵入に対して抵抗が一切ないんだ?
「この壁の子がリリーが言ってた店員の女か!なるほど、こりゃ確かに人形みてえな顔してるやつだな。着せ替えて遊んだら楽しそうだぜ!」
寝室の壁に飾ってある一枚の絵とは、描き手の姉、人形のように色素が薄いあの店員さんの人物画だった。
そばのハンガーにかけてあるフリフリのドレスや裁縫道具は、あの店員さんの持ち物みたいだな。
「へっぽこ、あなたも座ったらどうですか?玄関で突っ立っていられては落ち着きません」
「あ、ええと... じゃあ俺もベッドに座ろうかな?」
そばにドレスとか裁縫道具とかが置いてあるベッドは多分店員さんのものだろうから、そこはリリーとタイランに座らせておいて、俺はイーゼルとかがそばに置いてある弟さんのベッドの方に座ろうか。
「さて、しばらく待ちましょうか。最低でもお昼頃には帰ってくるでしょう」
未だに部屋のあちこちを物色しているスズを横目に、リリーは腕を組み、目を瞑る。
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… 帰って来ない。
太陽の位置とお腹の空き具合からしてもうお昼過ぎ。弟さんは昼食をとりに戻ってくるだろうとリリーは言っていたが... こりゃ外で食べているな。
「なあリリー、腹減ったよお。その辺の食堂に探しに行こうぜえ」
「... 」
暇を持て余したタイランの言葉に、リリーはスズを横目で見ると... 何かを考えるように目を瞑る。
「軽く家探ししようかと思いましたが、何も見つからなかったようですね。先に昼ごはんを食べましょうか」
「やったぜ!... そういやよ、ちょっと気になっていたんだが... そのイーゼルの上のキャンバス、何が描かれているんだ?」
タイランが指を差すのは俺のすぐそばのイーゼルで、一枚のキャンバスが乗っていた。
「そんなことはどうでも良いでしょう」
「気になるんだよ!ほら、そこに置いてある服とか部屋とかの絵もみんな綺麗だからよ、描いている途中がどんなものか、見てみたいじゃねえか!へっぽこ、こっちに見えるようにしろよ」
… まだ描き終わってない弟さんの絵を人に見せるのはちょっと気が引けるが... こうやって扉ぶっ壊して不法侵入してる身でそんな事考えても意味ないか。
ちょっと見せればタイランも満足するだろう。一体どんな絵なのやら...
「あれ?これ... 」
「あ?早く見せろよへっぽこ。一人で満足してんじゃねえぞ」
「いやでもこれ... 」
「まどろっこしい事してんじゃねえぞ!早く見せろって」
しびれを切らしたのか、タイランはキャンバスに手を伸ばし... そのままキャンバスをひっくり返す。
「あ?なんだあ、これは?」
「... スズ、やっぱりこの男で確定ですね。影に関する能力のようです」
そのキャンバスに描かれていたのは、後ろを向いた短い銀髪の少年の姿で... 鑑賞者である俺たちの方に伸びているのは、言いようの無い不気味な形をした影だった。
影... 所々ギザギザしていて、少年の形をしていない。おまけに何かもやもやしたものが影から出ている。
これが... 魂か。




