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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Torch-Man

作者: 舘向井雛壇

 燃える、燃える、燃える。

 体を構成する、精神を構成する、魂を構成する、あらゆるものが燃え盛っている。痛みも苦しみも無い。それらを構成するものもとうに焼き切れた。だが一つだけまだ燃えていないものがある。これを燃やすのは最後にするのだと抱え込んでいるものがある。


「――――――カァッ!!」


 燃え滾る炎は全身から溢れ出しながら、それを握りしめて敵へ振り下ろす。

 終わるまで立ち止まることは出来ぬと戦い続ける。狂ったこの夜を終わらせるまでは、と。夜明けが来るその時まで男は戦い続ける。


「――――――」


 影、あるいは闇。そうとしか形容できない敵を橙色の炎で焼き払いながら前進していく。

 戦いが始まったのは夕刻、陽が沈み切った直後の事だった。どこからともなく溢れ出してきた怪物が街を襲った。急襲に誰もが対応出来ず、多くの者が殺された。その屍もまたさして間を置かず立ち上がり始める。肉体の表面を闇に覆われ、怪物、生ける屍となって生存者に襲い掛かったのだ。


「――――――」


 そして自分もまたそんな生ける屍の中の一体……そのはずだった。襲われ絶命する直前、愛する者を逃がすために自らに油をぶちまけ火をつけて怪物に組み付いた。自分と目の前の怪物、燃え尽きさえすれば追手は2枚減るのだから。

 そんな浅はかな目論見は、意外な形で成就した。熱に炙られてどろどろに溶けていく意識の中で、終わることへ抵抗をし続けた果てに"自分"は目覚めた。燃え盛る肉体で、自分を構成する要素を火にくべながら、燃える男(トーチ・マン)として。


「――――――ァァァアアアアアッ!!」


 絶叫と共に怪物の心臓を穿ち、焼く。

 怪物の血は自らの炎に引火し、火勢を勢いづける。数度戦って分かったことだが、怪物の血肉はこの炎の燃料となるらしい。その燃料がある間は自分をくべずに済む。ならやることは簡単(シンプル)だと男は笑った。敵を焼けば生存者が生き残る確率が上がる。それは愛した者を生き残らせることが出来る確率が上がるという事。なら何をためらうことがあろうか。


「……ああ、死蝋という言葉があったか」


 なら敵も自分も同じ蝋燭(トーチ)という訳だ。ただ照らすモノが違うというだけで。そして自分が照らすモノを譲れないだけ。


「だからどいてもらうしか、無いよなぁッ!」


 襲ってくる闇の怪物。赤く照らされたそれらを一体一体引火させながら絶命あるいは行動不能に追い込んでいく。

 自分の残り時間すらも曖昧な今、ただの一瞬も無駄には出来ない。燃えて燃えて、その果てに終わりが待っていてもなお自らを燃やして駆ける。戦いの終わりは近いか、遠いか。されど駆け抜ける先は決まっている。後に続くものが居るかどうかも分からないが、道を作るために自分は戦う。

 焼いて焼いて、また焼いて。

 終わりの見えない戦いの中、自分と言う存在が希薄になっていくのをどうしようもなく自覚する。蝋燭の灯がゆっくりと自分の体を焼き切る感覚から逃れられない。


「ア――――――」


 ふと意識が飛んでいたことを自覚する。

 今がどういう状況で、どう戦っていたか。すぐには思い出せない。だが、一つだけすぐに分かることがあった。死蝋どもでもなく燃える男でもなく、ただの優し気な雰囲気を思わせる少女が目の前に居た。彼女の表情は恐怖に歪み、怯えていることがすぐに分かった。


「――――――逃げろ」


 振り返りざまに一閃。

 燃え盛る拳が死蝋の肉体を穿つ。状況は分からない、だが少女を逃がさなければならない事だけは分かった。自分たちを襲おうとする死蝋から彼女を守り、生存圏に送り返すこと。今やらないことだけは間違えなかった。


(――――――ああ、でも)


 自分の終わりは否応なく理解できた。

 自我を手放せば、きっと自分も死蝋の仲間入り。いやすでに仲間入りはしていてこの自我だけがそれを否定しようともがいているだけなのだ

 穿って焼いて、死蝋の群れへと突撃を敢行する。奴等の縄張りは徐々に広がっている。

 ずっと考えていたことがある。

 縄張りを作るならその中に親玉が居るのではないか、と。素人ゆえの当てずっぽうだが、確かめてみる価値はある。もしこの当てずっぽうが当たっていたらこの群れを瓦解させることが出来るのではないか。そんな何の根拠もない希望的観測。


 進め、進め。焼け焦げた足跡を残せ。せめて誰かが希望を持って進める道を残せ。

 そしてその希望を持つ誰かは、愛した彼女であって欲しい。


 昼夜関係なく、闘争は続く。

 怪物の波濤をさかのぼり、源流を目指す。行く先は一つ、ただ一つの道、これが自らの生き様と世界に刻む。

 突き抜けていった先、死蝋の波の先、燃える男はその源流へとたどり着く。

 そこに居たのは異形だった。死蝋ですら元が人であったことが分かる形を残していた。けれどそこに居たのは元の原型が分からないほどどろどろに溶けた元が何の生き物かも分からない汚泥だった。ただただ燃え盛り、自らの肉体を焼け落としていくだけのモノ。だがそれは周囲から死蝋を取込むことで自らの延命を行っていた。燃えても燃えても、燃え尽きなければ火は灯り続ける。

 それは生存のための抵抗だった。消えゆくはずだったものの悪あがきだった。それゆえに、醜く肥大したそれは終わり時を逃していた。そして燃える男は自然と、それが自分の行きつく先だったはずのものだと理解した。自分も終わり時を逃せば、こうなってしまうのだろうと。


「――――――」


 拳を振り上げ、穿つ。

 穿って、えぐり取る。

 えぐり取って、燃やし尽す。


 認めない。これを認めれば自分もこれの仲間入りだ。

 そしていつか彼女を取込んでしまうかもしれない。それは絶対に嫌だ。終わらせろ。炎はいつか必ず消えるものなのだから、その摂理に抗うこれを、終わらなせなければならない。

 焼いて焼いて、焼き払って。自我もいよいよ限界を迎えつつある。だがまだ怪物は終わりを見せない。死蝋をかき集めて抵抗し続ける。

 終わらせるためにまだ終われない。ああ、だが薪はもはやなくなりかけている。ここまでか。そんな諦めが心を過ぎる。目も耳もすでに感覚を失って、辛うじて触感だけが生きててそれが怪物を捉え続ける。徐々に体も冷えてきた。触感も凍えて失われるだろう。


 ――――――冷えてきた?


 我に返る。

 いつの間にか怪物の気配は弱々しくなっていた。体を撫でる風は熱風ではなく涼やかな物の様に思える。あの怪物が放つ熱は暴力的な熱風を放っていたというのに、今はその影も形もない。


「――――――ア――――――」


 焼けついた喉が、ひりつく。だが、それが冷たい空気が入ってきたことの証左で。

 思わず何かがこぼれ落ちる。まだこの熱のこもった肉体の中にあったのかと驚くぐらいぽろぽろと涙がこぼれ落ちていく。理由は分からない。だけどあの怪物が終わったことが、終わったことだけが理解できたのだ。

 ――――――だから、最後に君に精一杯の祈りを捧げます。









 彼を見つけたのは、死炎を殲滅する作戦が行われている最中の事だった。

 死蝋の研究は発生してから十年(・・)続けられていた。そのうち、死蝋の本体は肉体に寄生するものではなく、炎の方であることが判明。それからは紆余曲折を経て死蝋改め、死炎の鎮火剤が製造され配備が急がれた。人類の反転攻勢、それを目指して動き続けたがその間、莫大な犠牲が出ることは皆覚悟していた。しかし、ある日を境に死炎の進行は勢いを大きく減衰した。

 多くの学者がその原因を突き止められずにいたが、その中で死炎の縄張りから生還した少女から情報がもたらされた。それは人の言葉を操る死炎の存在を示唆するものだった。

 目撃証言の掘り下げや現地調査から得られた痕跡の解析により、死炎により燃やされた肉体が謎の変異を起こし、燃え盛る死炎を自らの制御下に置いた存在が居るという確信が得られた。


 ――――――そして彼が死炎の出火元へと向かっていることが分かった。


 彼がどうしてそこへ向かっているかは分からない。

 だがそれが彼の作り上げた道を辿れる千載一遇のチャンスであることは誰の眼にも明らかだった。人類は乾坤一擲の覚悟で最低限の防衛を残し全戦力をその道を辿ることを決定した。人類の生存圏は8割を失っていた。残った2割も、徐々に削られていく毎日。延焼する生存圏を見て歯噛みするものは多く、一転攻勢の機会に気勢を上げるものが殆どだった。

 死炎を殺す薬剤を装填した武装を握り、死蝋の群れを突破した自分たちが見たのは、死炎という存在が生き延びるために多くの生命を自らの薪とくべたおぞましい怪物とそれを打ち砕き続ける男だった。彼が触れたものはその場で彼の炎に焼き尽くされながら崩れていく。|死炎に引火した変異死炎(・・・・・・・・・・・)が怪物を焼き殺し、殴り殺していたのだ。


 無論、その場で人類は死炎の打倒のために戦いを始めた。

 薬剤による鎮火、死炎と反応することで急速な温度低下を引き起こし過熱による引火も防がれる。その散布、それをその場に居た者が炎に蝕まれた世界を救うために始めたのだ。


 戦いは長く続かなかった。

 怪物の消火が終われば、死蝋の動きは無くなり、纏っていた死炎が消えていく。ともすれば死炎の核とも言えるものがあの怪物にはあったのだろうか。そんな思考の後、あの男はどうなっただろうかとふと見る。

 結論から言えば、彼は絶命していた。ただ不思議なことに、彼の眼からは涙が流れその表情は安らいだもののように思えた。

 その場の全員が心を一つにした。この英雄を送り届けるべきだと。彼が作った道を引き返し、彼のいたはずの街へ送り届けるのだと。そして彼がやすらかに眠れるように。そんな願いが皆の中で共有された。


 搬送は迅速に行われた。

 彼が涙を流したことから、彼の体内の細胞は健全状態で維持されているのではないかと推測された。その根拠となるのは死炎の性質だった。かの存在は長く燃え続けるために少しの燃料で長く燃える。こぶし大の燃料に引火させても通常の炎が燃え尽きるまでの時間と比較して倍以上の時間燃え続けるのだ。中には3倍以上という驚くべき数値を叩きだした存在も居るらしい。

 そんな前提のもと、彼の遺体の検分が行われた。結果から言えば、推測自体は当たっていたが彼が引火してから多くの時間が流れていたのか、肉体のほとんどが炭化していた。だが焼け残ったものの中から彼のDNAが検出することが出来た。

 その解析から、彼の出生地をおおよそ特定し、検分の最中見つかった彼の体内にあったロケットとその中に入っていた写真からその身柄が特定された。


 そのロケットはきっと、燃え尽きてほしくないから咄嗟に飲み下したのだろう、と検分に当たった学者は漏らしていた。


 そして今日、自分は彼女の護衛として道を歩いていた。

 人類の生存圏は、徐々に取り戻されている。しかし中には"彼"のような変異個体が発生し、核を失ってもなお活動を続ける死炎も存在している。彼女に護衛がついたのも、そのためだ。

 彼女は彼とは学生時代の交際相手だったらしい。死炎が発生し、襲い掛かったその日、彼女を守るために身を挺して彼女をかばい、炎の向こうに姿を消したらしい。

 それから彼と彼女は再開することなく年月を経て、彼の死を受け入れた彼女は、世界規模の火災と戦うために研究者としての道に身を投じたのだ。

 だからこれは。


「……お帰り、ウィル」


 ヒーローへの支払われることのなかった報酬なのだ。





 世界が燃えている。

 世界は燃やされている。

 理由は簡単。生き残るためだ。我らはその為に燃えている。"母"は命を落としたが、継ぎ火は未だ燃えている。我らは、まだ燃えることが――――――。


 火が燃えている。

 火が燃やされている。

 理由は簡単。守るためだ。――――――彼女たちを燃やさせはしない。

 男は燃える。Will(意志)は燃える。Will(意志)は燃え移り、守るために今日も焼き尽くすのだ。

 希望のトーチ・マンはここに。

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