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第八話

馬車は然程遠くへは行っておらず、直ぐに私達は追い付いた。


しかし、馬車は止まらないし、私も馬から降ろしてもらえない。


「あ、あのー。もう馬車に追い付いたので、降ろして頂けませんか?馬車も一度止めて貰えるとありがたいのですが…」


「もう少し先で休憩予定だ。そこまでは辛抱しろ」

えー。まだこの偉そうな男と一緒に馬に乗ってなきゃいけないの?


そう私が考えていると、徐にクリス様が私のうなじに鼻を付けて匂いを嗅いだ。


私は仕事の時は髪が邪魔なので、纏めている。なのではっきり言えばうなじは丸見えだ。

そこに、鼻をくっつけて匂いを嗅ぐなんて…この人変態なの?


私は片手でうなじを隠し、振り向いてクリス様を睨む。


「ちょっと!何するんですか?!」


「ん?いや、良い匂いだと思ってな。これは香水か?」


「香水なんてつけていませんよ。馬車に乗っていると匂いが籠るので。でも殿下がつけていらっしゃるので、香りが移ったのかもしれません」


…はっきりいって、殿下がつけてる香水の匂いで充満している馬車にずっと乗ってるのだ。それは有り得る。


「あーあの馬車から漂う匂いとは、別の物だ。あの馬車の匂いは、はっきり言って不快だ」

でしょうね。私だって酔いそうになる。

殿下は香水をたくさん付ければ良いと思っている節があるから。


「次の休憩場所まであとどれぐらいです?」


「あと二時間程だ。それまでは俺と居ろ」

『居ろ』って…他に選択肢はないのだから、諦めるしかない。


仮面の為、口元しか見えないが、クリス様の口の端が上がっている。

なんでそんな楽しそうなのか…。


「クリス様…笑ってらっしゃいますか?」


「うん?笑っていたか?そのつもりはなかったが、機嫌が良いのは間違いない」

…ミシェル殿下はてっきり歓迎されていないと思っていたけど、もしかして、違ったのかしら?


少しでもこの国で過ごしやすくなるなら、それはそれで安心なのだが。


「シビル、お前は何故ベルガに来た?」

…仕事ですけど?それ以外に何が?


私が答えを考えていると、


「お前達人間は、俺達獣人を嫌ってる者も多いのだろ?」


「……そう言う方々がいらっしゃる事は否定できません。それは、逆も同じだと…聞いております。でも、私は別に嫌っておりません」


「ほう。確かに、俺達獣人も人間を嫌っている者は多いな。でも、お前は違うのだな?」


「はい。私は別に、『人間』だとか、『獣人』だとか、分けて考えた事がありませんでしたので。

そこは同じ『人』であると考えていました。

もちろん、国が違うのですから、風習などそれぞれ違う文化を持っておりますので、その違いはきちんと認めた上で、ですが」


「なるほど」


「それに、今回はベルガ王国の兵士の方々に助けて頂いたお陰で、たくさんの命が守られたと、感謝しております。

私の兄もその内の一人です」


「お前の兄が?」


「はい。騎士をしており、戦の最前線に送られたばかりでした。その時、ベルガ王国から援軍が来られたと」


「そうか。あの戦にお前の兄がな」


「はい。なので、殊更に感謝しております」


「…俺はお前が言う、『人間嫌いの獣人』の一人だ。だが、今回はお前達を歓迎しよう」


…この人一人に歓迎されてもなぁ…それに、はっきり人間嫌いって言われて、仲良く出来る気がしない。

この偉そうな感じも鼻につくし。


でも、ミシェル殿下は本当にこの国でやっていけるのだろうか…不安しかない。



その後も、クリス様はやたらと私の事を尋ねてきた。

家族構成とか、何が好きかとか…これって面接かしら?


私は戸惑いながらも、一つ一つ質問に答えていく。


「…あ~えっと…ゴホン。あのあれだ、その…こんやく…」

とクリス様が質問をしようとした時、


「団長!この先で休憩です!」

と前をいく護衛の方が大きな声で、こちらに報告した。


「わかった!そのまま予定通りに」

とクリス様が答えると、私に、


「さて、そろそろ休憩場所だ。王女殿下もさぞかしお前を心配しているだろう」

と言われた。


私は心の中で(心配ではなく、めちゃくちゃお怒りだと思いますけどね)と答えたが、口に出すのは止めておいた。


「ちょっと!私を馬車に一人きりにするなんて、何を考えているのよ!あんたなんて、クビよ!クビ!」


馬車の扉を開けて開口一番に言われた事はこれだ。


しかし、これは、私とて反省している。

流石に、二時間半も主を一人きりにするなど、専属侍女としては失格だ。


反省しているが、それが顔に出ていないだけだ。能面なんで。


「大変申し訳ありませんでした。返す言葉も御座いません。

しかし、クビにするなら、せめて王城に着いてからにして下さい。

殿下のお世話をする者が、今は私しかおりませんので」

と言って私は頭を下げた。


殿下だって、その事は重々承知しているのだ。

だが、怒りをぶつける相手も今は私しか居ない。


殿下は何も言わないが、私がお水や、軽食を用意すると、不貞腐れながらも完食した。



休憩場所を出発してからも、殿下の愚痴は止まらない。


「もう、いや。こんな所に居たくない!」だの「マークを呼んで!」(ロイド卿とは既に国境でお別れしているのだが)だの、「腰が痛いから、腰を揉め」だの、忙しい。


流石に疲れたのか、眠ってくれた時には、神に感謝した。


今まで、蝶よ花よと育てられ、甘やかされ、ワガママ放題。

それが大人の手のひら返しにあったのだから、人間不信に陥ってもおかしくない。

しかし、彼女はただの貴族ではない。

王族なのだから、例え人質のような婚姻(今回は違うが)であっても、粛々と受け入れなければならない立場なのだ。

まぁ、それすらも教えてなかった、両陛下の責任と言えば責任であろう。


私は馬車の窓から、外を見る。

ここら辺はベルガ王国の辺境の地であろうのに、道は綺麗に整備され、なかなか栄えているようだ。


ベルガ王国は獣人の国という事もあって、独特の文化を持ち、その戦闘力の高さで、他の国を制圧、支配下に置いてきた。


我がアルティア王国は、鉱山を多数持つが、肥沃な土地が少なく食物の大半を輸入に頼っている。

数世代前になるが、その時の我がアルティアの王と、ベルガ王国の王は友人関係であったらしい。

なので、支配下に置かれる事なく、お互いがお互いを補い合う、貿易相手国だ。


もし、この関係が崩れ、ベルガ王国がアルティアに攻め入れば、アルティアは一溜りもないだろう。


特に今のアルティア国王、フランシスコ陛下は穏和で、平和主義だ。


なので、この前のドルーアとの小競り合いも、予想以上に長引いた。


今の王太子殿下が、ベルガ王国へ援軍を頼まなければ、その犠牲は兵士だけでなく、領地、領民にも及んでいたであろう。


今回の事で、自国の軍事力に不安を持った王太子殿下が、軍事同盟国としてベルガ王国の力を欲した事が、今回の婚姻のきっかけでもある。

ベルガ王国にとっては然程利益がないように思うが、鉱物の関税の引き下げは、ベルガ王国にとっても有り難かったようだ。


さて、この話、私は独自の勉強で学ぶに至ったが、ミシェル殿下がこの事をどこまで理解しているかは、甚だ疑問である。


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