第六十八話
私達が結婚式を挙げる日は、突き抜けるような青空の良く晴れた日だった。
「シビル様~。大変、お綺麗でこざいます~」
仕上げのベールを私に被せると、デイジーは手を叩いて私を褒めてくれた。
婚約者になってからと言うもの、スキンケアや、ヘアケアに並々ならぬ努力をしてくれた二人には感謝しても感謝しきれない。
お陰で私は、どこから見ても貴族令嬢と言っても憚られないような見た目になった。
中身はあまり変わりはないし、なんなら今だ表情は乏しい。
しかしこの無表情の中にも感情は表れているらしく、クリス様だけは、
『今日は何か良い事があったのか?嬉しそうだな』
とか『腹が減ってるんじゃないのか、機嫌が悪そうだが?』
と微妙な変化に気づいてくれるようになった。
ちなみにお腹が空くと機嫌が悪くなるのは、私の短所だと思う。
私が自分のドレス姿を鏡で確認していると、
「シビル!」
と控え室の入り口から懐かしい声がした。
私は振り返り、
「お母様!それに、ローリーも!」
「お姉さま!」
と私の可愛い妹が駆け寄ってきて、
「お姉さま…とっても綺麗!お姫様みたい!」
と笑顔をみせると、ローリーの後ろから
お母様が、
「シビル……本当に結婚するのね……おめでとう」
と目を潤ませた。
「お母様も、ローリーも久しぶり。元気だった?」
と私が訊ねると、
「貴女が頑張ってくれたお陰で、私達はなんの憂いもなく生活が出来ているわ。ヨレックも騎士を辞めて、領地経営を今、学んでいる所よ」
とお母様が答えれば、
「私も、婚約者が決まったの」
とローリーが顔を赤らめた。
「まぁローリーに婚約者が?」
「ええ。同じ伯爵家だけど、とても歴史の古い家柄の方でね。年齢はローリーより二つ上でもうすぐ十五歳になる方よ。とても穏やかで優しい方なの」
とお母様が答えた。続けて、
「貴女が、ベルガ王国の王太子妃になるという事で、ヨレックにもローリーにも釣書がたくさん来たの。王太子妃の生家っていう事で縁付きたい家がとても多くて……まさか、私達が選ぶ立場になるなんて、思ってもみなかったわ」
とお母様は苦笑した。
まさか私の結婚が、そんなところにまで影響しているなんて、考えた事もなかった。
私はローリーに、
「ローリーはその婚約者の方、気に入っているの?」
と尋ねる。
私の生家だから……というだけで釣書を送ってきた家なんて……という気持ちが少し湧いてくる。
「テリー様は、すっごく優しいの。いつも私を優先して下さるし、私のくだらないお喋りにも、何時間でも付き合って下さるし……私、テリー様が大好きなの」
とローリーはますます顔を赤くして俯いた。
お母様は、
「シビルの心配は分かるわ。でも、あの方は大丈夫よ。お父様も私も貴女達より長く生きているんだから、ちゃんと為人をみてるわ」
……友人の借金を肩代わりさせられた、お父様の人をみる目はあんまり信用できないのだけど……という言葉は辛うじて飲み込んだ。
私は、
「ローリーがそのテリー様を好きなら、私は何も言わないわ。ローリー、幸せになってね」
と私は妹の頭を撫でる。ローリーは嬉しそうに頷いた。
「ところで、お父様とお兄様は?」
「……二人は王太子殿下にご挨拶に行ったわ。緊張のご対面ね」
私は兄が心配になる。お父様は一度クリス様に会っているけど、お兄様……大丈夫かしら?
結局、私の心配は杞憂であった。
いや……ある意味当たっているのだが、兄が舞い上がっている理由は、クリス様が王太子である事ではなかった。
先の戦争で自分が前線に送られて、半ば死を覚悟した時に、さっそうと援軍が現れて自分達の部隊を救ってくれた。
その援軍を率いていた人物がクリス様であり、前に兄が『軍神のようであった』と称したのが、クリス様の事だったのだ。
謂わば、クリス様は兄の憧れの人物と化しており、当の本人に会えた事を何よりも、そう私の結婚よりも喜んでいて、クリス様に『これからは俺の義理の兄となるのだ、よろしく頼む』と言われた言葉を今後の生きる糧にするとまで言っていた。
クリス様の姿にポーッとなる様はまるで恋する乙女のようで、若干気持ち悪い。
兄は私を見るなり、『でかした!』と肩を叩いた。
それが王太子妃になる事を指しているのではなく、クリス様と自分を縁続きにしてくれた私への称賛である事は疑いようもない。
兄は母から、
「ドレス姿の妹を見て誉め言葉の一つもかけない貴方に嫁いでくれる人などいるわけがないわ!」
と兄の態度を諌めていた。
ちなみに、兄はまだ婚約者が決まっていないのだそうだ。
久しぶりに家族が全員揃ったのだが、私には一つ気になる事があった。
「ねぇ、家族全員でこちらに来てしまって良かったの?領地は?大丈夫なの?」
と心配する私に、
「大丈夫だ!優秀な執事を雇ったからな!ちなみに、ライル殿下の推薦状付だ」
と父はドヤッた。
あれほどまでに貧乏で、執事になんて縁のなかった我が家に優秀な執事。なんだか、不思議で仕方ない。
私がクリス様と結婚をするという事の各方面に与える影響が思いの外大きくて、自分でも驚いていた。
母が、
「じゃあ、私達は教会に先に行ってるから。シビル、本当に綺麗よ。幸せになってね」
と少し目を潤ませて微笑んだ。
家族が控え室を出た後、
「シビル様、王太子殿下がお迎えに来ております」
とベロニカから声が掛かった。
私は一度大きく深呼吸をする。
私が頷くと控え室の扉が開かれ、そこには白いタキシード姿のクリス様が待っていた。
クリス様は私を見ると、
「あぁ……シビル……なんて綺麗なんだ。俺は、本当に幸せ者だ。こんなに美しいシビルと結婚出来るなんて」
と言って私を抱き締めようとして、リリーに止められた。
「殿下!折角のドレスがシワになります!
シビル様を抱き締めるのは後にして下さい!」
と怒るリリーにクリス様は寂しそうな顔で、
「わかった……我慢する」
と呟いた。
「クリス様もとっても素敵です」
と私が言うと、微笑んだクリス様はエスコートの為に私に腕を差し出した。
この腕を取る事に、今はなんの躊躇いもない。
私はクリス様の腕にそっと自分の手を置いた。




