第六十五話
「お疲れ。これで婚約披露は終わりだ」
「無事…って言って良いんですかね?これ」
「まぁ、一応、無事に終わったって言っておこう」
私とクリス様は着替えてから私の部屋で話していた。
「簡単に受け入れられるとは思っていませんでしたが。……仕方ないですね」
「これからの俺達を見てもらえば良いさ。周りがなんと言っても、お前と結婚する事実は変わらんからな」
「そうですね」
私がそう言うと、クリス様は飲んでいたお酒を置いて、
「シビル、指を出せ」
「指?こうですか?」
と私が両手をパーにしてクリス様の前に差し出すと、
「あ~左手だけで良かったんだがな。まぁ、いいか」
と言って私の左手の薬指を摘まむとそこに指輪を嵌め込んだ。
「指輪?」
「お前の国では、結婚の約束をしたら相手に指輪を贈るんだろう?」
「……よくご存知でしたね」
「お前の……主。今は元だな。王女に聞いた。それぐらい用意しておけと言われてな」
「ミシェル殿下が?」
「あぁ。どうだ?気に入ったか?」
「……はい。嬉しいです」
「お前最近、少し笑うようになったな。ほんの少しだけど、その方が良い」
「そうですか?……努力します」
「笑顔って、努力するものなのか?まぁ、なんでも良い。お前と一緒に居れるなら」
そう言ってクリス様は私を抱き締める。
「今日は、足を二回も踏んでしまって、申し訳ありませんでした」
抱き締められた事が恥ずかしくて、つい誤魔化すように話をしてしまう。
「そうだったか?じゃあ今度は一回になるように、もう少し練習するか」
「……では、一緒に練習してくれますか?」
「もちろんだ。他の男と踊るなよ?特にオットーはダメだ」
「フフッ。何回かキャンベル医師には練習に付き合うって言われましたけど。講師の方が女性ですが男性パートも出来るので必要ないと断りました」
「それで良い。それと、明日からベロニカがお前の護衛につく。なんとか説得出来た」
「そんな……申し訳ないです。もう引退された方なのでしょう?」
「あいつもそろそろ体を動かしたい頃だろう。その代わり、毎日って訳じゃない。近衛も女騎士を集めたつもりだが、全部を女性にするのは不可能だったからな。なかなか思い通りにはならんもんだな。お前の周りから男は排除したいんだが」
「それこそ、無理ですよ。大丈夫です、そんな心配しなくても」
「なら良いんだけどな。なぁ……こんな時になんなんだが、結婚式の日取りなんだがな…」
「はい。準備を始めなくてはいけませんね。いつに決まりましたか?」
「……その……なんだ…三ヵ月後だ」
「はぁ!?三ヵ月後?早すぎません?」
私は思わずクリス様の胸を押して体を離す。
「そう言われると思ったんだがな……」
「何か、重大な理由があるのですか?」
「んー。重大と言えば、重大だ」
「良かったらお聞かせ願えますか?」
「あ~。俺が我慢出来ないんだ。早く結婚したい。重大だろう?」
……我慢出来ない事の内容は聞かないようにしようと心に決めた。
婚約者として皆に御披露目したからといって、私がやる事は今のところ変わりはない。
イヴァンカ様に厳しく指導されながら、王太子妃教育をこなしていく毎日だ。
変わった事と言えば、護衛にベロニカが付く事になった。
ベロニカは頼りになるお姉さんといった感じだ。
引退した筈なのに引っ張り出して申し訳なく思っていると、
「殿下の頼みは断れませんよ。子育ても一段落したので、大丈夫!」
と豪快に笑ってくれた。
私は前の様に下を向いて歩く事を止めた。
あの時は周りは敵ばかりだと思っていたし、私が人間である限り、誰からも受け入れられないと思っていた。
クリス様も今は、私に寄り添ってくれているし、私にはイヴァンカ様も、リリーも、デイジーもベロニカもトムもバーレク様も居る。
今は出来る事も限られているが、出来ない事を嘆くより、出来る事に全力を注ごうと思えるようになった。
そんな私の癒しの時間、それは孤児院への慰問だ。
孤児院への慰問や寄附、教会の奉仕活動の手伝い等は王太子妃の仕事であるらしい。
私はまだ婚約者でしかないが、慣れるべきだと、孤児院への慰問を始めていた。
前に、貴族の方が種族意識が強いと言われた事が頷ける。
平民は私が人間だからといって、それだけで嫌悪する事はない。
その分、私個人の立ち振舞いをしっかりと見極められているのだと思える。
なので、孤児院にいる子ども達は、純粋に私を受け入れて懐いてくれた。
子どもは好きだ。私は子ども達と一緒に遊ぶこの時間をとても楽しみにしていた。
今日は初めて訪れる孤児院だ。
教会が運営していて、孤児だけではなく、仕事がない人達にも教会の仕事や、孤児院での仕事を与えているらしい。
私はいつものように、孤児院の院長に挨拶をして子ども達に紹介して貰った。
「さぁ、皆さん。この方がもうすぐこの国の王太子殿下のお嫁さんになるシビル様ですよ」
と院長が言うと、子ども達は、
「クリスさまのお嫁さん?すごーい」
と言って私を取り囲んだ。
私も、
「皆の事を知りたいから、お名前を教えてね。それから一緒に遊びましょう!」
と言うと、子ども達は自分の名前を我先にと教えてくれた。
私は名前を呼びながら、皆と遊びの輪に入っていく。
絵本を読んだり、鬼ごっこをしたり……一頻り遊ぶと、院長からお茶の誘いをうけ、院長室へと向かった。
私が席に座ると、紅茶が目の前に置かれたのだが…そこで、
「シビル?シビルなのか?」
と懐かしい声が聞こえて、思わず私は顔を上げた。
「オーランド?」
そこには、元婚約者がくたびれた様子で立っていた。
 




