第六十四話
婚約式は、王族だけで教会の司祭立ち会いの元で行われる。
ギャラリーが少ないので、なんとか震えずに署名する事が出来た。
問題はこの後の夜会だ。
私はデイジーに言われていた事もあり、急いで控え室に戻る。
「シビル様~。お早いお帰りで~。これなら仕度に時間をかけても~大丈夫ですね~。
仕度の前に~軽食をどうぞ~。夜会になると~、招待客の皆さんは軽食を食べる事が出来ますけど~王族の皆さんは~そんな暇ないですよ~」
「ありがとう。少しだけお腹に入れとくわね」
「空腹過ぎると、逆に気分悪くなっちゃいますからね」
とリリーも私に飲み物を運びながら、声をかけてくれた。
私は軽食をつまむと、夜会用のドレスに着替える。
「……不安だわ…」
私はダンスに全く自信がない。
田舎の貧乏貴族だった私は、夜会なんて殆んど無縁だった。
婚約者のオーランドとだって、踊ったのは学園時代のイベントと、卒業パーティーぐらいなものだ。
ここに来て、何度かダンスレッスンは受けているが、講師からも合格を貰えた事は一度もない。
「シビル様はダンス~苦手ですもんね~」
「大丈夫ですよ!そこも殿下のリードに任せれば良いんですって!」
「でも、結局、クリス様と一緒に練習出来たのって一度きりなのよね……」
クリス様との時間が合わず、二人で一緒にレッスンが出来たのは、ほんの二、三日前だ。
思わず溜め息を漏らす。
いくら憂鬱でも、時間は待ってくれない。
「さぁ、シビル様行きますよ!」
とリリーに促され扉を開けるとクリス様が既に準備万端で待っていた。
「シビル、このドレスもとても似合ってる。しかし……些か胸元が開きすぎでは……」
夜会用のドレスは大きく胸元が開いている。私の貧相な胸も、デイジーの力業で寄せて上げて、何とか谷間が出来ていた。
私は生まれて初めての自分の谷間に感動すらしている。
「デイジーの汗と涙と努力の結晶ですので、褒めてやって欲しいぐらいです」
と私は笑った。
会場にはたくさんの貴族が待ち構えており、緊張で足が震える。
「シビル、大丈夫だ。俺にしっかり掴まってろよ?」
と小声でクリス様に囁かれ、私は小さく頷いた。
クリス様を掴む手にも力が入るというものだ。
覚悟を決めた私はクリス様と共に、会場へと大きく一歩を踏み出した。
たくさんの視線に思わず俯きそうになる顔と心を無理やりにでも前を向かせる。
怯んではダメだ。舐められたら終わる。
そんな私に、
「シビル、もしお前に尻尾が生えてたら、間違いなく今、膨らんでるな。そんなに警戒しなくて良い。俺が居るから」
「……そんな顔をしてますか?」
「フッ。お前は顔に出ないから周りには気付かれてないよ」
壇上に私達が着いて、その後陛下と妃陛下が入場して、高らかに私達の婚約を宣言した。
もちろん、今日招待された貴族は婚約発表である事は知っていたが、その相手が私だと知る人はごく一部だ。
ざわついている。そうだろう。この国の王太子の婚約者が人間なのだから。
クリス様が、
「これからもこの国の為、尽力する。今後も我々を支えて欲しい」
と挨拶するも、まだざわつきはおさまらなかった。
この雰囲気の中、ダンスを踊るのか……地獄。
私とクリス様はそんな中、ダンスを踊る為にホールへ出ていく。
クリス様は笑顔で、
「足を踏んだって構わん。下を向くなよ。俺を見てろ」
と言って私の腰に手を回した。それを合図に音楽が始まる。
私は必死だ。クリス様のリードは踊りやすいが、私のスキルが低すぎて、ついていくので精一杯。
結果、クリス様の足を二回踏んだ。
私達のダンスが終わると、皆のダンスが始まる。
私達は席につき、今度は次々に挨拶に来る招待客の相手をするのだが……
「殿下……どうしたと言うのです。このような選択を。今からでも遅くありませんよ」
「殿下。子どもをつくるのはお控え下さい。人間との子どもなど……」
「殿下はこの国を人間に乗っ取られてもよろしいのですか?王太子といい、宰相といい……全く!」
「お考え直し下さい。なんならうちの娘などいかがでしょう?」
……と、まぁ全部が全部とは言わないが、私を選んだクリス様への苦言と苦情が止まらない。
これって不敬ではないのかしら?
その内の何人かは、
「貴女の方から断るのが筋でしょう?」
「この国の国民は貴女を歓迎しませんよ!」
と私にまで文句を言ってくる。
その全てにクリス様は、
「俺の選択に文句があるなら、今後を見てから言え。お前達が文句を言う暇もないぐらい、この国を俺が発展させてやる」
と言って黙らせた。
そう言われたからと言って私への嫌悪が止まる訳ではない。
挨拶の最後には、殆んどの招待客に睨まれた。
折角頑張って招待客を覚えたのに、談笑をするような雰囲気ではなかった。
……正直、疲れた。