第六十三話
それからと言うもの、私はクリス様と一緒に夕食を取るようになった。
夕食の度にクリス様の好きな物と嫌いな物を一つずつ知ることが出来た。
お酒が好きな事。
魚より肉が好きな事。
良く焼いたお肉より、レアな肉が好きな事。
紅茶はストレートが好きな事。
森を散策するのが好きな事。
実は釣りが得意な事。
ポーカーが強い事。
夏より冬が好きな事。
香りの強い野菜が苦手な事。
辛い料理が苦手な事。
本を読むと眠くなる事。
雨の日がちょっとだけ嫌いな事。
細かい作業が苦手な事。
ほんの少しイヴァンカ様が怖い事。
毎日顔を見れば、その日の機嫌もわかる。
そんな毎日を過ごすうちに、二人の距離は少しずつ縮まっていった。
「最近は、少し肩の力が抜けてきたみたいね」
とイヴァンカ様に言われて、私は手にしていた本から顔を上げた。
「そう見えますか?自分でもちょっとだけそう思えるようになってきたんです。
何となくですが、やっとスタートラインに立てた気がして」
そう私が言うと、
「殿下も最近は機嫌が良いって主人も言ってたわ。侍女はどう?」
私に付いていたイブとニーナは専属を外れただけでなく、侍女を辞めていた。
一応自主退職という事になってはいるが、本当の所は私も知らないし、知る必要もないと思っている。
例え解雇だったとしても私にはどうする事も出来ないし、彼女達もそれを私に望む事はないだろう。
新たに私に付いた二人、リリーとデイジーは共に平民だった。
種族差別が根強いのはやはり貴族の方で、そこら辺は平民の方が考え方は柔軟だ。
しかも二人とも商人の娘という事もあって、私が人間である事に、然程、忌避感を持っていなかったのも、選ばれた理由だろう。
「二人とも良くやってくれています。私が一人になりたい時には、そっとしておいてくれますし、必要以上に手を出してもきません。やりやすいです」
「そう。それは良かったわ。護衛も一新したんでしょう?」
「はい。近衛の中でも殿下に近しい方ばかりです。殿下が気を配ってくださっています」
「そう。それなら安心ね。ところで、もう部屋に花が入りきれないんじゃない?」
何故かこの十日間程、クリス様が毎日花束をプレゼントしてくれるのだ。
その花束で私の部屋は今、一杯だ。
「そうなんです。なので、明日からは少しの間、プレゼントをお休みして下さるようにお願いしたばかりです」
「これね……うちの主人のせいなの」
「え?フェルト宰相の?」
「そう。シビルを口説くのにどうしたら良いのか、殿下から相談を受けたらしくて『花を贈ると良いですよ!』なんて自信満々に答えちゃったもんだから、殿下もその気になってしまったみたいね。主人は私の時に成功したからって。……実は私も迷惑していた事を主人は知らないから」
とイヴァンカ様は笑った。
クリス様からの花で部屋が一杯になり、二人の寝室まで花で溢れ返るようになってきた頃、私達の婚約式は執り行われた。
ここで大々的に私がクリス様の婚約者になった事がお披露目される。それは国民にまでだ。
「………緊張する…」
と私が呟けば、侍女のリリーが、
「大丈夫ですよ!殿下がどうにかしますって。シビル様はどーんと構えていれば良いんですよ!」
と私に笑顔を見せた。
「そうですよ~。その為に殿下が居るんですから~。それよりも、夜会の前に着替えがあるのですから~早く帰って来て下さいね~」
とのんびりとした口調でデイジーも私を励まして?くれた。
「そう……そうよね。クリス様を頼れば良いのよね」
と私が頷くと、
「それに、シビル様は緊張しても顔には出てませんから!バレないですって!表情変わらないですし!」
「そうそう~。無表情が、役に立ちましたね~」
二人に悪気はないのだ。少し正直過ぎるだけで。
せっかちなリリーと、のんびり屋のデイジー。二人の性格は両極端なのに何故か馬が合うらしい。
私もこの素直な二人をとても好ましく思っている。
「さぁ~。準備出来ました~」
とデイジーに言われ着飾った自分を見る。
「これ……私?」
そこには、別人に見える程上品に仕上がった私が居た。
「そうですよ!シビル様は元は良いんです。今まで構わなかっただけで。磨けば光るって感じなので、私達も腕が鳴ります」
「そうですね~。マイナスからのスタートなんで~。プラスにしかなりませんし~」
二人に悪気はない(二回目)
仕度を終えて間もなく、
「シビル!迎えに来たぞ!」
とクリス様が部屋に現れた。
クリス様は騎士の正装で、それはそれはかっこ良い。
「クリス様はあちらでお待ちだとばかり……」
と私が言うと、
「シビルの姿を何で俺より先に護衛に見せなきゃならんのだ。どうせ一緒に行くんだから今でも、後でも同じだろう?……というか、迎えに来て正解だったな。
こんな綺麗なシビルを護衛達が見たら、全員がお前に好意を持ってしまうじゃないか。少なくともオットーには見せたくないな」
……恥ずかしい。私を好きだと言う物好きはクリス様ぐらいだと言うのに。(ちなみに、私はキャンベル医師の言葉は真に受けていない)
そんなクリス様の言葉を聞いて、リリーもデイジーもニヤニヤしている。
二人に悪気はない……多分。




