第六十二話
約五日ぶりに帰ってきた私の部屋で、クリス様と膝を付き合わせて向かい合う。
「殿下、先に殿下のお話しを聞かせて下さい」
と私が先手を取る。
「シビルも話しがあったんじゃないのか?」
「私の話しは後でも大丈夫です」
「そうか……なら、俺から。まずは、シビル申し訳なかった」
と勢いよくクリス様は頭を下げた。
「殿下!頭を上げて下さい!」
「いや。俺は本当に何にも分かってなかった。
まず、シビルに付けていた侍女二人はシビルの専属から外した。
二人はともに貴族令嬢で、王太子妃の侍女にはうってつけだと思っていたが……まさか、シビルを馬鹿にしていたとは知らなかった」
「殿下……それは、誰から?」
「厨房のトムだ。トムは、二人の態度にいつも注意をしていたらしいが、トムは平民。
全く二人は意に介していなかったらしい。トムは、お前を心配していた」
ミシェル殿下の侍女だった時に、言葉を交わすぐらいには親しくなったつもりだった。
私を心配してくれている人がイヴァンカ様やキャンベル医師以外に居た事が、素直に嬉しい。
「王太子妃の専属侍女なんて、王城で働く侍女にとっては名誉な事だから、喜んでシビルに仕えていると……そう思っていた」
「確かに、殿下のお相手がこの国の令嬢であったなら。それに、私は少し前まで共に使用人として働いていた身の上。彼女達にとって、私に仕える事など面白くはなかったでしょう」
「俺はそんな感情が全く分かってなかった。それに……護衛もだ」
「護衛、ですか」
「あぁ。お前に対する態度は、明らかに悪かったとバーレクから聞いた」
「バーレク様が……」
「バーレクがあの後、自分がシビルの専属をこの前の件で外される事に異論はないが、一つ気になる事があると。
何度も自分は部下を叱責した為、自分の前では真面目に護衛していたが、見ていない所で酷い扱いをシビルが受けているのではないか心配だと。わざわざ言いに来たんだ。
後で聞き取り調査を行ったが……バーレクの心配した通りだった。王族の身を守る近衛が情けない。だから俺の部隊を使うと言ったんだ!」
バーレク様も私を心配してくれていた。……ただ、ありがたかった。
「私が人間である事、それが原因でしょう。
この国の王族に人間の血が混じる事を懸念する人がいるのも事実ですから」
「しかし!俺がシビルを選んだんだ!文句があるなら俺に直接言えば良い!」
「殿下に直接言えないからこそ、その気持ちは私に向くのです。でもこれは覚悟の上でした。……辛くなかったと言えば嘘になりますけど」
「どうして俺に言ってくれなかった?」
「私がここに住む事を決めたのは、殿下を知る為と、ここの皆さんに馴染める様にとの気持ちでした。私は、見ての通りあまり愛想の良い人間ではないので上手くはいきませんでしたけど。
しかし、殿下を知る事ぐらいは出来ると思っていたんです。
でも、婚約が決まってから殿下とゆっくりお話した事はありませんよね?」
そう私がクリス様の目を見る。クリス様はばつが悪そうに俯いた。
「……すまない。シビルがいつ、『この結婚を辞めたい』と言い出すのではないかと思うと、怖かったんだ。
シビルが俺の事を好きじゃない事はわかってたし、無理させている事もわかってたから。
そんな風に考えていたら、いつの間にかシビルと向き合う事が怖くなっていた……本当に申し訳ない」
「殿下の事を知りたくても、話をする時間もなく、ここの皆さんと仲良くなりたくても上手くいかずで。どうすれば良いのか分からなくなっていました。
自分が此処に居て良いのか……とか、他に相応しい人が居るんじゃないかとか。
でも私、色々考えるより、体を動かしたり、とりあえずやってみたりする方が性に合ってるんで、これからは、殿下に自分の気持ちを伝える事から始めたいと思います」
「……シビルの気持ち?……まさか結婚を辞めたい……とか?」
「いえ。結婚は……正直まだ自信はないですけど、辞めません。でもまず、殿下にお願いがあります」
「お願い?」
「はい。殿下のお仕事の都合がつく日は、夕食を一緒に食べましょう。その時に殿下の好きな物を一つ、嫌いな物を一つそれぞれ教えて下さい。
それと、これからは私の意見も参考にして下さい。私に纏わる事で何かを決める時には、私も一緒に考えたいです」
「好きな物と、嫌いな物?」
「はい。私、全く殿下の事を知らないので。何が好みで、何が嫌いなのか。まずそこから知りたいと思って」
「わかった。そうだな。それと、お前に関わる事はお前の意見を必ず聞こう。……他人に尋ねるものではなかったな」
多分、ドレスの事を言ってるんだろうな。ローザリンデ様は殿下の事を諦めきれたのだろうか?
「じゃあ、俺からも一つお願いをしても良いか?」
「はい。もちろんです」
「なら、俺の事はクリスと。前の様に呼んで欲しい」
「……わかりました。ではクリス様とお呼びいたします。様を付ける事は許して下さい」
「仕方ない、それは譲歩しよう」
「クリス様。私は頑張る事ばかりに気を取られていました。私はもっと自然にクリス様と家族になりたいです。イヴァンカ様のご家族を見て、そう思いました。
種族に拘っていたのは……私の方かもしれません」
「いや……周りの目がそうさせたのだ。すまなかった。これからは、何かあったら俺に相談して欲しい。フェルト女史ではなくて」
「はい。そうさせていただきます」
「!シビル……今、微笑んだのか?!」
……私は無意識に微笑んでいたらしい。
きっと無表情な私の事だから、僅かに口角が上がった程度だろうが……そんなに驚かれると逆に凹む。




