第六十一話
イヴァンカ様のお子様達はそれはもうみんな可愛かった。
ニック様は大層フェルト宰相に似ていらっしゃって、眼鏡の似合う好青年といった感じ。
デイビッド様はイヴァンカ様に良く似た美丈夫で、丁度思春期真っ只中なのか、私と話すのは照れくさかったようで、挨拶をすると、直ぐに自室へ引っ込んでしまった。
「ごめんなさいね。難しい年頃なのよ」
とイヴァンカ様も笑う。デイビッド様は騎士を目指されているとか。
そして、ノア様は…もう天使!
イヴァンカ様とフェルト宰相の良い所取りといった容姿で、とっても人懐っこい。
初対面の私にもすぐに打ち解けてくれたが、私の頬の腫れと変色が気になるのか、何度も「痛い?」って首を傾げながら訊いてくれる。
その仕草もまた可愛らしい。
ノア様は歳を取って出来た子とあって、皆の愛情を一身に受けていた。
二人の兄もメロメロのようだ。
フェルト宰相とも、初めてゆっくりと話す事が出来たのだが、
「イヴァンカからいつもシビルさんについては聞いているよ。とても優秀な生徒だと」
「イヴァンカ様にはいつもお世話になっております。優秀だと言われるにはまだまだだと思っておりますが、今後も精進致したいと思います」
「きっと、王太子殿下より優秀だろうよ。彼にはイヴァンカも手を焼いていた」
とフェルト宰相が言えば、
「本当に。剣術は誰よりも優れておりましたが、マナーに至っては、本当に苦労させられました」
とイヴァンカ様も笑顔で話す。
全くもって、普通の会話だと思う。
イヴァンカ様の座っている場所が宰相の膝の上である事を除いては。
私はその光景に、どこを見て話せば良いかわからずに目を泳がせていると、
「シビルさん。あれはいつもの事だから、気にしなくていいよ。その内慣れる」
とニック様が私に耳打ちした。
「いつもの事……」
と私が呟くと、
「父上は、家に居る時には片時も母上の傍を離れないんだ。ご不浄にも付いて行こうとするから、流石にそれは母上に止められているけどね」
とニック様は笑った。
イヴァンカ様から、宰相のアプローチを聞いた時に、凄く愛されているのはわかっていたつもりだが、目の当たりにすると、なかなかの破壊力だった。
これに慣れてる公爵家の皆様に頭が下がる。
私はイヴァンカ様の言葉にすっかり甘えて、あれから既に五日も公爵家にお世話になっていた。
イヴァンカ様から王太子妃教育は変わらず受けさせて貰えているし、ここでは私に悪意を持って接してくる人もいない。快適だ。
頬の腫れも引いた。色はまだ、完全には戻っていないが、化粧をすれば目立たないくらいにはなってきた。
でも、ずっと此処に居る事は出来ない。そう考えていたある日、イヴァンカ様から、
「そろそろ我慢の限界だったみたいね。殿下がお迎えに来たわ」
と言われた。
私は応接室に通された殿下の元へ向かう。
「シビル。元気だったか?」
と私の顔を見てクリス様は尋ねるのだが、そう尋ねたクリス様の方が顔色が悪い。
「はい。私は元気でやっておりましたが、殿下の方こそ大丈夫ですか?顔色が悪いようです」
殿下は、
「あぁ。俺は……元気ではない。自分で自分が嫌になったよ」
と大きな溜め息をついて顔を伏せた。
「何かございました?」
と尋ねる私に殿下は、
「とにかく、シビル……王城に一緒に帰ってくれないか?少し話しがしたい」
と縋るように私に言った。
「……そろそろ私も戻るべきだと思っておりました。それに、私も殿下にお話しがございます」
そう私が言うと、殿下は肩をビクッと揺らし、
「話し?……そうか、分かった。そうだな……シビルの気持ちをきちんと聞かねばな。……そうだな。覚悟した方が良いんだろうな」
と小さな声で呟いた。
私はイヴァンカ様にお礼を言う。
「大変お世話になりました。私、自分がやるべき事が分かった気がします」
と言ってイヴァンカ様に頭を下げた。
イヴァンカ様は、
「顔が少し明るくなったみたいで安心したわ。いつでもまた此処に来て良いのよ?ノアも喜ぶわ」
と言って私を抱き締めてくれた。
この五日間ですっかり私に懐いてくれたノア様が、
「お姉ちゃん、また来てね」
と天使の様な笑顔で私を見送ってくれた。
私はお迎えに来てくれた殿下と一緒に王城へ帰る事にした。
馬車の中で、殿下は一言も喋らず。
私もそんな殿下に話しかける事が出来る筈もなく、終始無言のまま、私達を乗せた馬車は王城へと帰って来た。