第六十話
翌朝。頬の腫れは幾分か良いような気もするが、色が…。そしてまだまだ痛む。
流石にこの顔で外を歩く勇気がなくて、朝食は部屋へ運んで貰う事にした。
しかし…
「ねぇ……見てあれ。クスクス。はっきり言って、殿下には、ローザリンデ様の方がお似合いよね」
イブとニーナは顔を腫らした私を笑う。
……聞こえてますよ~。まぁ聞こえる様に言っているんでしょうけど。
食堂で食べようが、部屋で食べようが同じだったか……と思った所でもう遅い。
正解は廊下に朝食のワゴンを置いて貰う……コレだった。
私はイブが用意してくれた朝食を食べる。
クリス様が厨房に言ってくれたのか、スープなど、あまり口を大きく開けなくても食べられる物が多くて、なんとか朝食を終える事が出来た。
腫れは少し引いたので、喋る事はなんとか出来る。
しかし、なんとなく誰と話すのも億劫だ。
私はニーナとイブに、
「用があれば呼びます」
と言って下がって貰う。
これもいつもの事だが、二人は、「はい」と返事をしながらも口元を隠してクスクス笑っていた。
私が、ローザリンデ様に痛めつけられた事がよっぽど嬉しかったと見える。
流石にダンスレッスンは禁止という事で、私は歴史書を読みながらイヴァンカ様を待った。
イヴァンカ様はいつもより早い時間に訪れた。きっと、私を心配して下さったのだろう。
「シビルどう?」
と直ぐに私の体調を気遣ってくれた。
「痛みはありますが、腫れは少し引いたので喋れるようになりました。口の中の傷はもう大丈夫です」
「そう。でもまだ腫れてるし、変色もしてる。これは元に戻るまで時間かかりそうね」
「そうですね。痛みが引くまではダンスレッスンは禁止だとキャンベル様に言われてしまったのですが……婚約披露の夜会でのダンスが、不安で仕方ありません」
「……もう嫌だって言うと思ってたわ」
「え?何をですか?」
「殿下の婚約者になる事よ。昨日の貴女を見ていたら、そう感じたの」
「正直に言うと……そう思いました。ローザリンデ様は公爵令嬢で、きっと王太子妃教育も私よりスムーズに修了できると思いますし、この国の皆さんにも受け入れられるでしょう。
何より、殿下の事を想っていらっしゃるのですから。どれをとっても、私より王太子妃に相応しいと思います」
イヴァンカ様は黙って私の話を聞いている。
「殿下が私の事、『もう必要ない!』って言ってくれたりしないかなぁ…って考えたりもしますし。
でも、私からは『嫌だ』って言うつもりはないです。無責任な事はしたくないので」
「貴女って…本当に権力とか興味ないのね」
「そうですね。不相応だと思ってますから。今のこの扱いだって違和感しかないです」
「ねぇ……やっぱりうちで暮らさない?ここに侍女がいつも居ない理由……なんとなく私も分かってるつもりよ?」
「侍女については……まぁ。自分が侍女だったお陰で、大抵の事は自分一人で出来ますから、問題ないんですけど、王太子妃になれば、それも通用しないですよね。
人を使う事に慣れなきゃな、とは思うんですけど。なので、この違和感にも早く慣れなきゃな……って思っています」
「シビル、そんなに色々な事全てを背負い込まなくて良いのよ?時には甘える事も必要だわ」
……とイヴァンカ様は心配そうに私の手を握った。
「ありがとうございます。私、多分甘えるのが苦手なんだと思うんですけど、そう言って頂けるだけで、心が軽くなりました。その時にはイヴァンカ様に甘えますね」
と私が言うと、
「そういう時には、殿下に甘えるものなのだけれど…仕方がないわね。
殿下がシビルからそこまでの信頼を勝ち取ってないのが問題なんだから」
私達はそれからは切り替えて王太子妃教育を進める事にした。
イヴァンカ様は勉強に関しては厳しい。
王太子妃教育は私が思うよりも遥かに大変だった。
昼食と休憩を挟んで勉強は夕方まで続いた。
「さぁ、今日はここまでにしましょうか」
「今日もありがとうございました」
ふぅ……。流石に疲れた。
「ねぇ、今日は私の家に泊まりに来ない?
殿下には私から言っておくから」
イヴァンカ様が私を心配してくれているのがわかる。
私はさっきのイヴァンカ様の言葉を思いだし、その気遣いに、今日は素直に甘える事にした。
イヴァンカ様は一度退室すると、
「さぁ、許可は貰ったわ。行きましょう」
と言って私を部屋の外へと連れ出した。
公爵家の馬車に乗り込むと、
「今日はこの前と違ってタウンハウスに行くから、息子達が居るけど気にしないで。
主人はまだ帰って来ないけれど、良かったら会ってちょうだい」
実はフェルト宰相とは直接会った事がない。
遠くで見る事はあっても、言葉を交わす事は今までなかった。
「息子さん達は…」
「長男がニック、今十六歳ね。次男がデイビッド今十三歳、三男のノアが今五歳よ」
「男の子ばかりですね」
「そうなの。もう賑やかで」
とイヴァンカ様は笑う。とても幸せそうだった。
「イヴァンカ様は、幸せですか?」
とつい私は質問していた。
「幸せよ。この幸せの半分は自分で勝ち取った物だけれど、半分は主人に貰った物だわ。だからシビルも一人で幸せになろうとしなくて良いの。半分は殿下に任せてしまいなさい」
「正直な話をしても良いですか?」
「もちろんよ。ここだけの話にするわ」
「殿下の事が良くわからないのです。まだ」
「貴女達に足りないのは会話よ。圧倒的に」
「そうですね。私、殿下の事を知りたくて王城で暮らすことを決めたんですが、殿下はお忙しくて」
「忙しいねぇ……それは多分言い訳よ」
「言い訳?でも、王城に住んでから、殿下と夕食を共にする事も殆んどありませんし、会話も……必要最低限です」
「あの、ヘタレ。殿下はね、貴女に責められるのが怖いのよ。『こんな事したくなかった』『こんな所に来るんじゃなかった』と拒絶されるのが怖いの」
「私、そんなに嫌々に見えているのでしょうか?」
「嫌々……というより、シビルの気持ちが自分に向いていない事はわかっているのよ。これ以上嫌われたくないのね」
「……それは、私の責任でもありますよね」
「シビル、そんなに重く考えないで。人を好きになるのは理屈ではないのだから、それが無理でも自分を責める必要はないの。でも、殿下を嫌いな訳ではないのよね?」
「嫌い……ではないと思います」
「では、せめてそれだけでも伝えては?それだけで殿下は救われるわ」
「そうでしょうか?」
「ええ。もっと二人で話してみて。あ、それと、公爵家には何泊しても良いから。それも殿下は承知してくれてるわ。渋々だけど」
と言ってウィンクしてみせた
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