第五十九話
きっと、私以外の二人も同じ様に思っている筈だ。
理解不能なのはお前の方だという目付きでクリス様を見ている。
その視線に気付いたクリス様は、
「な、何なんだ?皆のその目は」
とご不満そうだ。
「なぁ……クリスティアーノ。本当にローザリンデが泣いた理由をお前はわからないのか?」
と呆れた様にキャンベル医師が問うと、
「はぁ?お前にはローザリンデの涙の理由がわかると言うのか?」
と逆にクリス様は質問した。
「あぁ。ここでわかってないのは、多分お前ぐらいだよ。
ローザリンデはな、昔から……小さな時からお前の事が好きだったんだ。それこそ、お前が立太子する前からだ」
「はぁぁぁ?!何だそれは。俺はあいつから困らせられた事しかないぞ?お前の思い違いじゃないか?」
「好きな気持ちを素直に表す事ができなかったんだよ、ローザリンデは。だから気を引きたくて、いつもお前にわがままを言ってたんだ」
「なんだそりゃ。子どもか!」
「だから、子どもの頃からだと言ってるだろ。確かに、好きな相手には良いアプローチではないが、ローザリンデも幼かったんだ。そこは察してやれよ」
「お前はローザリンデからそれをハッキリと聞いた訳じゃないだろ?」
「確かに聞いた事はないが、普通、見てれば分かる。
小さな頃はよく三人で居たんだ。ローザリンデがお前にだけよく突っかかっていってただろ?」
「あぁ。いつも面倒臭い奴だと思ってた。
あまり相手にされないお前を羨ましく思ってた程だ」
「僕は確かにその立ち位置がありがたかったけどさ。
ローザリンデの気持ちには気づいてたよ。
ローザリンデはいつもお前ばかり見ていた」
……ローザリンデ様は不器用な女の子だったのね。好きな人に意地悪しちゃうタイプの。
でも、全くクリス様には気持ちは伝わっていなかったみたいだわ。
「しかしだな。俺はあいつの気持ちなんか知らないし、俺もあいつを何とも思っていない。
それに、それを知った所で何も変わらん。
あいつは俺の幼い頃からの顔見知り。それ以上でもそれ以下でもない」
「はぁ…。確かにお前がローザリンデの事を何とも思っていなかった事を僕はわかってる。
しかしだな、ローザリンデはそうではない。
現にローザリンデは婚約者すら決まってないだろう?お前の伴侶になる事を諦めていないからだと思うぞ。
家柄も良い。身分的にも問題ない。……となれば期待しても仕方ないさ。
そんなお前から、ドレスを選べと言われたら、そりゃあローザリンデは天にも昇る気持ちだったろうよ。
それを婚約者に贈る物だと言われたんだ。泣きたくもなるさ」
……そんなに長い間、ローザリンデ様はクリス様を想っていたのか…。
何処の馬の骨ともわからない女がノコノコやって来て、横からかっ拐うような真似をすれば、当然、面白くはないだろうな…。
私って、ローザリンデ様に恨まれているんじゃないかしら……そう思うとますます気が重くなった。
「お前がとにかく鈍い男だって事はわかった。しかしだな、ローザリンデの勘違いはお前のせいだ。なるべく早く、シビルちゃんとの婚約の件はきちんと話せよ?」
「…あぁ、わかった。まさかローザリンデが俺に好意を持っていると思わなかったが…ちゃんと説明するよ」
そう言うとクリス様は、私に向かって、
「シビル…悪かったな。どうも俺は女性の気持ちの機微に疎い。その怪我の半分は俺のせいだ。守ってやれなくてすまなかった」
と謝った。
私は横に首を振る。クリス様に謝って欲しい訳じゃない。
そんなにクリス様の結婚を望んでいる人がいるのに、私が王太子妃になんて、なって良いのだろうか?
いつでもこの場所を譲ってあげたいのだが、それではクリス様の気持ちを無視する事になってしまうし……あぁ…何だか色々と上手くいかないな。疲れちゃった。
ミシェル殿下の侍女をするのも、もちろん大変だったけど。今はあの時間を恋しく思う。
私の疲れた顔を見て、何かを察したのかイヴァンカ様が、
「さぁ、男二人はもう出ていって頂戴。私はシビルを休ませるから」
と言って二人を追い出してくれた。
二人を見送った後、私に向き直り、
「シビル…大丈夫?」
と私を心配そうに見るイヴァンカ様。
私は、
『やっぱりちょっと疲れたみたいです。少し休みます』
と文字に記す。続けて、
『今日の夕食はいらないと、イブとニーナに伝えて下さい』
と書いた。
それを読んだイヴァンカ様は頷いて、
「わかったわ。あまり顔色も良くないし、少し休むと良いわ。また明日……顔を出すわね」
と私の背中を擦ってくれた。
私は着替えて寝台に横たわる。
広くてフカフカの寝台に体が沈む。
見慣れない天井。落ち着かない豪華な部屋に、びっくりする程手触りの良い夜着。
全部クリス様が、私の為に用意してくれた物だ。
私はそれに対してずっと違和感を感じたままだ。
侍女の仕事には正解があった。けど、クリス様の婚約者という立場の正解がわからない。
どう振る舞うのが正解?考えても考えても答えは出ない。
王太子妃は私に与えられた仕事。だから精一杯やるしかないのだ。
ふぅ。また頬が少し痛みだした。心も疲れてしまった。
痛み止めを飲んで、本当に眠ってしまおう。
そして、明日にはいつもの元気な自分に戻りたい。私はそう願った。




