第五十八話
クリス様は開口一番
「オットー!シビルに近付くなと行ったろう?!」
と大声を出して、隣に居るイヴァンカ様から、
「殿下!大声など出さなくても聞こえておりますよ!
少しは落ち着いて下さいませ」
と窘められていた。
キャンベル医師も、
「クリスティアーノ。何度も言うが僕は医者で、シビルちゃんは患者。
患者の様子を見に来るのは、医者の務めだ。いい加減覚えろよ」
と呆れた様子でクリス様に言い返した。
「…わかってる。だが、もう用が済んだなら帰れ。宮廷医師とはそんなに暇なのか?なら、俺が今から弛んだ近衛達を鍛え直してくるから、その怪我の手当てでもお前にやらせておくか?」
……弛んだ近衛……って、まさか私の護衛の事かしら?
「クリスティアーノ。お前が言うと冗談にならん。怪我で済めば良いが、再起不能にされても困るんだよ」
再起不能……想像すると恐怖でしかない。
「ふん。あいつらにはそれぐらいで丁度良いだろ。本来なら処刑しても構わんのだが、あれぐらいで済ませてやったんだ。感謝して欲しいぐらいだよ」
あれぐらいってどれぐらいだろう……でも処刑はされていないみたいで、とりあえずホッとする。
キャンベル医師が、
「ところで、ローザリンデの処罰は?」
と聞くと、クリス様は一転口ごもりながら……
「あぁ……まぁそれはもちろん厳しく処分するつもりだが、あいつにも勘違いの理由があってだな……」
とモゴモゴ言い始めた。
怪しい。その理由が気になる。イヴァンカ様は、
「殿下、さぁ、シビルにお話しを。まずは腰掛けましょうか」
とクリス様を椅子に案内し、自分も腰を下ろした。
殿下は、
「まず、バーレクの事だが、あいつは近衛騎士団の団長が辞表を受け取らなかった。大丈夫だ。
しかし、シビルの担当からは外れる。
なんのお咎めもなし……という訳にはいかない」
そうか……バーレク様が退団しないのは嬉しい。
しかし、私の担当を外れる事は別に罰にならないのではないか?と思うのだが。
私は、
『バーレク様が近衛を辞める必要はないと思っていましたから、安心しました』
と紙に書いて、クリス様にそれを見せた。
続けてクリス様は、
「それと……ローザリンデの事だが……」
とここにきて、声が段々と小さくなっていく。
「ローザリンデがシビルに暴力を振るった事は、どんな理由があろうとも、許しがたい。
なので、彼女には半年間の登城禁止と、一年間の奉仕作業を申し付けた。
本当なら、修道院にでも入れてやりたかったが……シビルがまだ婚約者である事がネックになった。
エクルース公爵からも謝罪を受けたしな。
それに、ローザリンデの勘違いの理由が………俺だと分かったからだ」
クリス様の最後の言葉は消え入るように小さな声だった。
ほう……クリス様が原因という事ですか。
私がクリス様の言葉を待っていると、
「実は、シビルがベルガ王国に来て直ぐに、俺は婚約者として迎え入れる為に色々と準備を始めた。
この部屋や、シビルの為のドレスやアクセサリーだ。
その時に、その……俺はこう言う事には全くもって疎い。で、だな、若い女の意見を参考にしようと考えたわけだ。俺の周りの若い女で、こういった事に詳しそうな女が、ローザリンデしかいなかったんだ。俺はローザリンデに意見を聞いた。特にドレスなんかは、丸っとローザリンデに任せてしまって……」
とまたもやクリス様の声が段々と小さくなっていく、それを受けてキャンベル医師が、
「お前……ローザリンデに何と言ってドレスのデザインを選ばせたんだ?」
と溜め息交じりに質問した。
なんとなく皆も答えはわかっているけれど、クリス様の口からはっきりと聞きたいのだろう。
クリス様は、
「『お前はどんなドレスが好きか?』と聞いた。カタログを渡して『何枚でも良いから、好きな物を選べ』と……」
クリス様はどんどんと俯いていく。
キャンベル医師はほとほと呆れたように、
「それなら、ローザリンデが勘違いしてもおかしくないだろ!全く!お前のせいじゃないか!」
と吐き捨てた。
隣でイヴァンカ様も、
「先程、私もこの事を聞いて、全く呆れて物も言えませんでしたよ。ローザリンデ嬢が暴力を振るった事は許しがたい事ですが……これではねぇ」
私は二人の言葉に大きく頷いた。
はっきり言って、ローザリンデ様に少し同情してしまう。
クリス様のせいなのに、罰が厳しすぎないだろうか?
私は、
『ローザリンデ様への罰、厳しすぎませんか?』
と書き記し、クリス様に見せる。
クリス様は、
「いや……なんにせよ暴力はダメだ。現にシビルは酷い怪我をしている。これは公爵も納得済みだから、シビルは気にするな」
私は続けて、
『ローザリンデ様は、クリス様にそう言われ、ご自分のドレスだと勘違いなさったのですね。だから、私が自分のドレスを盗ったのだと誤解なさった。ローザリンデ様は、私の事は御存知ないのでしょう?』 と書いた。
クリス様は、
「ああ。婚約披露の場で大々的に知らせるのだから、知らない者へわざわざ通達してはいなかった。
エクルース公爵も今は要職に就いている訳ではないから、然るべき時に知れば良いと考えていたが……まさかローザリンデがそんな勘違いをするとは思わなかったんだ。
だって、今まで一度だってあいつに贈り物などしたことはないのだからな」
……それにしても、ローザリンデ様はその事実を知ってどう思ったんだろう。
私と同じ疑問をキャンベル医師も持ったのか、
「……ローザリンデはシビルちゃんの事を知って何と言ってた?」
とクリス様に問うと、
「ん?俺が『お前の意見を参考に聞いただけで、お前への贈り物じゃない。あれは俺の婚約者の為に用意したものだ』と言ったら、何故か大泣きして、『裏切り者!』って言ってたな。なんであいつが泣くのかもよくわからんが、俺が裏切り者呼ばわりされなきゃならん理由も、全くもって理解不能だ。そんなにドレスが欲しいなら、父親にでも買って貰えば良いものを」
とクリス様は言ってのけた。
……多分、私の想像ですけど、ローザリンデ様はクリス様の事がお好きなのでは?