第五十五話
突然の事に、護衛達は一瞬遅れたものの、私とその女性の間に立つ。
キャンベル医師は、
「ちょっ!ローザリンデ!何をするんだ!!シビルちゃん大丈夫?」
と、私の頬に触れた。
私は唖然としながらも、あぁ、やっばりこの人はローザリンデ様で間違いなかったと、日頃の勉強の成果に思いを馳せた。
もしかしたら、現実逃避したかったのかもしれない。
だって、これが刃物だったりしたら、この近衛達は処罰ものよね?
ローザリンデ様は、
「ちょっとオットー!この泥棒を知ってるの?この女は、私がクリスティアーノに買って貰ったドレスを着ているわ。泥棒よ!近衛!この女を捕まえなさい!」
ともの凄い形相で私を睨み、声を荒げた。
ローザリンデ様は猫?猫の割りには野性味が強い気がする…。
尻尾を膨らませた様は、警戒心の強い野良猫のようだ。
「お前は馬鹿か!なんでクリスティアーノがお前にドレスをプレゼントするんだよ!よく考えてから物を言え!
シビルちゃん、頬が真っ赤だ。直ぐに冷やそう。
おい!近衛!お前達は処罰を覚悟するんだな!
僕はシビルちゃんを医務室に連れて行く。ローザリンデを捕らえておけ!」
そうキャンベル医師は言うと、私を横抱きで抱き上げた。
所謂、お姫様抱っこだ。恥ずかし過ぎる。
「キャンベル様、私、歩けます。痛いのは頬だけです」
と言うも、
「ドレスにヒールの靴で歩くより、僕が抱えた方が早いから、少し我慢してね」
と言って、さっさと歩き出してしまった。
「ちょっと!オットー!その女を離しなさい!泥棒なのよ!」
と医務室に向かう私達に叫ぶ、ローザリンデ様。
数人の護衛は私達に付いて来ているが、捕らえておけと言われた為、残りの護衛はローザリンデ様を取り囲みながらも、公爵令嬢に手荒な真似は出来ないと、戸惑っている様だった。
そのうちの一人は急いで走っていった。きっとクリス様に指示を仰ぎに言ったのだろう。
私はお姫様抱っこの恥ずかしさから、顔を思わず隠してしまったが、
「痛い?大丈夫?」
とかえってキャンベル医師を心配させてしまっただけだった。
医務室に着いたキャンベル医師は私をソファーに座らせると、冷たい水で濡らして固く絞った布を私の頬に当てた。
「獣人は人間より遥かに力が強い。頬が腫れるかもしれないな……なんで、ローザリンデはあんな事を」
と心配そうに私の目を覗き込んだ。
私は段々と頬の腫れを感じている。
口の中も切れてしまったのか、少し血の味がしている。
その二つが相まってかなり喋り辛い。
「あにょ…ダンス…レッシュンが…」
私はダンスレッスンに行けなくなってしまった事を申し訳なく思っていた。
それを誰かに伝えて欲しいとも。
「喋り難いんだね。大丈夫だ。ダンス講師の所には遣いを出した、心配しなくて良いよ。無理に喋ろうとしなくて良いから」
とキャンベル医師は言ってくれたので、私は小さくコクりと頷いた。
キャンベル医師はローザリンデ様をさっきから呼び捨てにしている。
ローザリンデ様も『オットー』と呼び捨てにしていた所を見ると、二人は親しい間柄なのだろう。
「シビルちゃん。ローザリンデに言われた事、心当たりある?」
とキャンベル医師に尋ねられたので、私は首を横に振った。全く心当たりはない。
「ローザリンデはシビルちゃんの事を知らなかったみたいだね。ならば、クリスティアーノの婚約者の事も知らない訳だ。……これは、揉めるな」
とキャンベル医師が呟く。
私は訳が分からず少し首を傾げるも、
「あぁ、ごめん。シビルちゃんは心配しなくて大丈夫だよ。何かあったら、僕が居るしね。
なんなら、いっそ僕に乗り換えても良いからね」
と言われ、私は益々首を傾けることになるのだった。
キャンベル医師は、布が温くなる度に、冷たい水に浸した布に取り替えてくれる。
私は申し訳なくなって、
「じぶんで、やりましゅ…」
と言っても、キャンベル医師はその役目を譲ってはくれなかった。
「喋らなくて良いよ」
と笑顔で言われてしまえば、尋ねたい事があっても、何も訊くことが出来なくなってしまった。
そうしていると、
「シビル!大丈夫か?!」
とクリス様が凄い勢いで医務室に飛び込んで来た。
あの……医務室の扉、外れてしまいましたけど?




