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第五十三話

オーランド・キャンベル子爵令息。

キャンベル子爵の嫡男だ。


我がモンターレ伯爵領と、キャンベル子爵領とは隣り合っており、昔から何かと交流があった。

伯爵家とはいえ、うちは元々裕福ではなく、キャンベル子爵家の方が貴族らしい生活をしていたように思う。


私とオーランドは同じ歳。

両家もなんとなく縁付いても良いよね~っていう緩い感じで決められた婚約者だった。

特にお互い利益があるって程でもなかったし。


二人の間に恋愛感情など皆無だ。

幼馴染みって言う程仲良しな訳でもなく、顔馴染みという言葉がしっくりくるぐらいの関係。それが私とオーランドだった。


一応、婚約者としての義務からお互いの誕生日には贈り物を。二、三ヵ月に一度、気が向けばお茶を共にする程度。


同じ学園に通っている時も殆んど交流はなく、学園の行事で舞踏会などがあると、私をエスコートするオーランドを見て、初めて周りも二人が婚約者だったのかと気づく始末。


しかし、お互い嫌ってはいなかったと思う。

興味はあまりなかったが、いずれはこの人と結婚して家庭を持つんだなっていう自覚はあったし、それを想像したからといって、気分が落ち込む事もなかった。


父の借金(保証人としてだが)のせいで持参金を用意出来なくなった我が家から婚約の解消を願い出た際にあっさり了承された時には、それはそれでなんとなく寂しかった。


だからといってさめざめと泣くといった事もなかったが。




「オーランドがどうかしたの?」


「実はお前と婚約解消した後、他の子爵令嬢と結婚したんだが……最近、キャンベル子爵家のメイドと浮気して、そのメイドと駆け落ちしたんだと」


「え?()()オーランドが?嘘?!」


「嘘みたいだろ?()()オーランドがだよ」


…オーランドはあまり他人に興味を持つタイプではなかった。というよりあまり人間に興味がないようだった。

小さな頃から彼は昆虫に夢中。

そして私は、昆虫に興味はない。それが幼馴染みだと言うには憚られる関係の所以である。


そのオーランドが浮気?しかも駆け落ち?


「ねぇ…そのメイドって……昆虫じゃないわよね?」


「シビル……当たり前だろう。オーランドだって人間なんだ。恋ぐらいするさ。まぁ、私も聞いた時は信じられなかったがな」


……オーランドが駆け落ち。今だに私は信じられない気持ちでいた。




ミシェル殿下は、明日、いよいよランバンへ出発する。

私は努めて普段通りに振る舞う事にして、殿下の夜の支度をしていると、


「ねぇ…これ、あげる」

と殿下が、私にハンカチを差し出した。


ベルガ王国に来て、王子妃教育の一環として、殿下は刺繍を練習していた。

私に差し出されたハンカチはその練習用の一枚なのだろう。

アーベル殿下に差し上げるつもりで練習をしていたからか、その図柄はライオンで、イニシャルもA.Gとなっている。

明らかに他人の為に刺したハンカチだが、それを気にせず私に贈ってしまう所が殿下らしい。


これは練習を始めて何枚目の作品だろうか。

最初に比べれば、その図柄はちゃんとライオンに見える。

私はそのハンカチを眺めながら、


「最初に比べれば、とても上手になりましたね」

とクスリと笑った。


すると殿下は、


「ブロア殿下にはもっと上手になってから贈るつもりよ。だから…これからもちゃんと練習するわ」

と少し頬を赤くして俯いた。


殿下はブロア殿下の事を話す時、少し乙女の様な顔になる。

それを見るといつも私はホッとするのだ。


「ブロア殿下とミシェル殿下の二人が並んでいる所を、見てみたかったです」

と私が言うと、


「いつの日か、ベルガ王国とランバン王国とが国交を結べるかもしれないじゃない。その時には嫌って程見せつけてあげるわよ」

と殿下はいつもの様に素っ気なく言った。


そして直ぐに殿下は、


「今まで、ありがと。おやすみ!」

と早口で言うと、逃げる様に寝室へ入って行った。


微かに見えた耳は真っ赤で、その様子を私は泣きそうな気持ちで見つめた。


殿下にお礼を言われると思っていなかった私は驚きながらも、その言葉を噛み締めて明日の準備に取りかかった。




翌日。


殿下はライル殿下と、アルティアからライル殿下が連れてきた侍女や侍従、レジーとユリアを伴って、ランバンへと旅立って行った。


改めて私に何かを言う事もなく馬車に乗り込んだ殿下を、私は馬車が見えなくなるまで見送った。


その私の隣にクリス様がやってきて、


「最後に話をしなくても良かったのか?」

と訊いてきた。


「昨晩、お話はしましたので。それに、これでこそミシェル殿下だと思いますし」

と私が言うと、


「そうか。お前がそう言うならそれでいい。しかし、もうそのお仕着せを着ることもなくなるな。なかなか似合っていたがな」

とクリス様に言われ、私はもう袖を通す事のないお仕着を俯いて上から眺めた。


これで最後だと思うと、その事が酷く寂しく思えて、無意識にお仕着せのスカートを強く握りしめていた。

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