第五話
そうこうしている間に、ベルガ王国へ出発する日を迎えた。
前日は私の送別会だった。
ロレッタ様を始めとする王女付きの侍女の皆様からは、慰めの言葉を、そして私を虐めていた侍女の皆様からは嘲笑を頂いた。
はっきり言って、今の私にはどちらも役に立たない。
今の私に必要な物は、この寝台の中で丸まっているミシェル殿下を力ずくでもここから引き剥がせる腕力。
さっさと起きて貰わなければ、今からベルガ王国に国境まで向かう多くの護衛の方々と侍女を待たせる羽目になる。その責任を負うのはミシェル殿下ではなく、私。理不尽にも程がある。
「ミシェル殿下。このまま蓑虫のようにシーツに包まっていても皆様へご迷惑をお掛けするだけでございます。いい加減にして下さい。後悔なさいますよ?」
もう投げる枕はない。全て私の足元に転がっているのだから。
逆に私が投げつけてしまいたい。
「うるさい!行かないと言ってるでしょ!そんなに行きたいなら、あんただけが行けば良いじゃない!この能面女!」
シーツの中から聞こえるくぐもった声でも、私にはしっかりと聞き取れている。
これも日々の鍛練のお陰だろう。
「私だけが行った所で、どうにもなりませんよ。
私は殿下のオマケなのですから」
「オマケが欲しくて買う場合もあるじゃない!」
確かに…オマケ目当ての時もありますね。
と、こんな時に納得している場合じゃない。
「わかりました。では最終手段をとらせていただきます」
「最終手段?何よそれ」
怪訝そうな声が聞こえるが無視。
今日は王妃陛下より、最終奥義を授かっているのである。
今こそ、それを実行する時がやってきた。
私は廊下に控えていた数人の護衛に声をかける。
「やっちゃって下さい」
頷いたのはロイド卿。
ロイド卿を始めとした数人の護衛の方々は、殿下の寝室に入り寝台へ近づくと、寝台に丸まっているミシェル殿下をシーツごと運び始める。
「ちょ、ちょっと、何するのよ!離して、離してよ!」
護衛の方々に運ばれながら、殿下は暴れるが、力で敵うはずもない。
「暴れますと、危のうございますよ?」
との私の言葉に、
「ちょっと、能面女、あんたこんな事して、只で済むと思ってんの?」
…本当に淑女の言葉遣いなのかしら?耳を疑ってしまう。
「思っておりますよ?王妃陛下からの許可を得ておりますゆえ」
「私、まだ夜着を着たままだし、髪もボサボサ。こんなんじゃ、外を歩けないわ!」
「ご安心下さい。このまま馬車に乗り込みますので、歩く必要はございません。
外からはシーツの塊にしか見えませんので、夜着も、ボサボサの髪もそのままでお気になさらず」
「あんたが気にしなくても、私が気にするのよ。
こんなのマークに見られたらどうすんのよ?!」
そのロイド卿が殿下を抱えているうちの一人だと言えば、殿下はどんな顔をするのだろう。
「私は『後悔しますよ?』とご忠告させて頂きました。その言葉を無視なさったのは、殿下の方でございます」
「……あんたなんか、大っ嫌い!」
「光栄にございます」
心の中では、『私もです』と付け加えさせていただこう。
こうしてミシェル殿下は蓑虫のまま豪華な馬車に運ばれた。
輿入れの道具やドレスの詰まった馬車は約十台。
私はその蓑虫と共にそのうちの一台の馬車へ乗り込んだ。
さすがに、シーツに包まれたままでは息苦しかったのか、ミシェル殿下は頭だけシーツからピョッコリ出し、馬車で向かいに座る私を睨み付けている。
「どうしてくれるのよ!お父様とも、お母様とも、誰とも最後のお別れが出来なかったじゃない!」
そんな大声を出さないでも聞こえるけど……
まぁ、今はそんな事を言っても火に油を注ぐだけだ。
「お別れの挨拶であれば、昨晩お済ませになられたかと。晩餐の時に、皆様に声を掛けられたのでは?」
「そんなの、屁理屈よね?私はもうこの国に帰って来れないかもしれないのよ?」
「大丈夫です。まだ、我が国を出ておりません。
まだ後一週間はこの国に居られますよ?良かったですね」
「そういう意味じゃないのよ!本当にあんたって可愛げないわ。だから結婚できないのよ!
婚約破棄された傷物だから、仕方ないけど、誰もあんたなんか相手にしないわよね。当然だわ!」
「お言葉を返すようですが、婚約破棄ではなく、解消です。その他については特に反論は御座いません」
私は特に表情を崩す事なく言葉を返した。
それがますます面白くないのか、
「ふん。可愛げがないのは認めるんだ」
「自覚は御座います」
「結婚出来ない傷物ってのも認めるわけね」
「そちらも異論は御座いません」
「可哀想~。結婚も出来ず、誰からも愛されず。今から行くのは野蛮な獣人の国なんてね!」
……ベルガ王国に行くのは、私だけではないんですけど…。自分の事はまさかお忘れ?
「ミシェル殿下は私と違い、少なくとも結婚は出来ます。ようございましたね。
愛されるかどうかは、殿下次第かと思われますが」
「う~~~~~~~」
言い返せず、悔しいからと言って頭を掻き毟っても…まぁ、どうせボサボサなのだ、あんまり変わりはないだろう。