第四十八話
私と殿下は翌日、公爵邸に戻った。
昼過ぎに、そこから王都に向かう。
昼食後、私が王城に帰る準備をしていると、イヴァンカ様からある部屋に呼ばれた。
「イヴァンカ様、参りました」
と部屋に入るとそこにはあの婚約破棄の件で殿下の侍女を責任を感じて辞めてしまった、レジーとユリアの2人が居て、私はびっくりする。
「さぁ、シビルこっちに来て。知っていると思うけど、レジーとユリアよ。二人にはミシェル殿下に付いて、ランバンに侍女として行って貰うつもりなの」
とイヴァンカ様は笑顔で言った。
「二人がランバンに?」
私はとにかく驚いている。
「そうよ。二人はミシェル殿下の侍女を辞めた後も、殿下の事を気にしててね。
二人から私の元へ、殿下の様子を知りたいと連絡があったの。
で、今回のランバンへの輿入れを伝えたら、ミシェル殿下と、貴女が許してくれるなら、ランバンへ付いて行きたいと言ってくれたの。
貴女がランバンへは行けない事は、さっき話したばかりだけどね」
とイヴァンカ様が言うと、
レジーが、
「私達、やっぱり殿下の事が気になって。
ランバンへの輿入れが決まったと聞いて嬉しかった。もし殿下が許してくれるなら、ランバンに付いて行きたいと思ってるの。シビルは……どうかしら?」
「許すも許さないもないわ。元々怒ってるわけでもないし。もし、貴女達が殿下に付いて行ってくれるなら、こんなに心強い事はない……ありがとう」
と私は二人の手を握った。
ユリアは、
「シビルが一緒じゃないのは、残念だけど。でも、殿下が私達を許してくれるかしら?」
と少し心配そうだ。
「殿下も、別に二人に怒っていたわけじゃないの。それに今の殿下なら、きっと大丈夫よ」
と私が答えると、イヴァンカ様も大きく頷いた。
私と二人はその足で殿下の元へ行き、二人の気持ちを伝えた。まだ、私の事は言えないけど。
殿下は、
「許さないわよ?勝手に侍女を辞めた事。でも、戻るなら許してあげる」
と、可愛い事を言っていた。
その顔は、とても嬉しそうだった。
とりあえず、移動で疲れたであろう殿下の着替えを済ませ、お茶を淹れる。
いよいよ、私の口から殿下へ、クリス様の婚約者になった事、そしてランバンへは付いて行けない事を伝えなければならない。
「殿下、少しお話してもよろしいでしょうか?」
「?何?改まって」
殿下は不思議そうに、私に訊ねる。
「実は、私、殿下に付いてランバンには行けないんです。ここ、ベルガ王国の王太子殿下に婚約者として、この国に残るよう言われております」
私は一気に全てを言い切った。
殿下は、
「……そう。わかったわ」
とそれだけ言うと、特に興味もなさそうに、私の淹れたお茶を飲んだ。
私は心の中で、(え?それだけ?)と思ったが口には出さない。正直、拍子抜けだ。
すると殿下は、
「何?引き留めて欲しいの?」
と私に意地悪そうな笑みを向けた。
「いえ……そういう訳では……」
と私が口ごもると、
「良かったじゃない。あんたみたいな能面女でも良いって言ってくれるんだから、それで。
私もあんたみたいな無表情の女を一生側に置いておいたら、私まで無表情になりそうだったもの。丁度良いわ」
と殿下はそう言った。
「……私は殿下のお側に一生張り付いておくつもりでしたけどね」
「なら、あんたを引き取ってくれた王太子殿下に感謝しなきゃ」
そう言いながらも、殿下の目には光る物があった。
それを指摘しても、きっとこの天邪鬼な王女様は絶対認めないだろう。私はそれを見て見ぬふりをする事にした。
私が黙っていると、殿下は一枚の絵姿を見せてくれた。
それは、イヴァンカ様から、殿下が馬車に乗る前に手渡されていた物だ。
さっき、私がお茶を用意している時に、殿下はそれを眺めていた。
「これは?」
と私が訊ねると、
「私の婚約者になったブロア殿下よ。優しそうよね」
「本当に……とても穏やかそうです」
その絵姿に描かれた男性は、とても穏やかそうに微笑んでいた。
殿下が今までお気に入りだった男性達のような美丈夫ではないが、纏う雰囲気がとても温かそうだった。
「それと、これ」
と手渡してくれたのは、手紙だ。
「私が読んでも?」
「構わないわ」
その手紙は、ブロア殿下からだった。
婚約が整った際、イヴァンカ様の元へ届けられたそうだ。
その手紙には、まだ見ぬミシェル殿下への気遣いの言葉が並べられていた。
ベルガ王国での事を全てご存知であるブロア殿下だが、その事については触れておらず、政略結婚ではあるが、お互い歩み寄って支え合える夫婦になりたい事。その為には、努力は惜しまないと。そしてミシェル殿下に会えるのを楽しみにしていると書かれていた。
手紙を読んでいる私に、殿下は、
「私も、努力しようと思う。王女に生まれて、特に不自由もなく生きてきたのに、結婚だけは不自由なのが、とても嫌だったの。
でも、やっと自分の役割を理解出来たし、今回の結婚については納得してるし、有難いと思ってる。
フェルト女史のように、自分で自分の居場所を切り開く程の度胸も力もないけれど、与えられた居場所を大切にする事は出来ると思う。
その為の努力はするつもり。ブロア殿下にも、ちゃんと自分を認めて欲しいから。だから、あんたも……頑張りなさい」
殿下は、私を見てはっきりと言った。
いつの間に、殿下はこんなに大人になったんだろう。私ですら気づいていなかった。
でも、イヴァンカ様は気づいていたのだろう。だからあのタイミングでこの二つを殿下に渡したのだと思う。
「はい。私も殿下に負けぬよう、努力いたします」
と私は頭を下げた。
その言葉に殿下も、
「私があんたに負ける訳ないじゃない」
といつもより柔らかな声で微笑んだ。




