第四十七話
翌朝、私はやたらと早起きをしてしまった。
ふかふかの寝台に慣れず、あまり眠れなかったからだろう。
ウトウトする事は出来たと思うが、ぐっすりとは眠れなかった。
すっかり貧乏が身に付いてしまった私に、思わず苦笑する。
こんな時にはさっさと起きて支度するに限る。
私が着替えを終え、髪を纏めていると、ノックが聞こえた。
「モンターレ様。お支度のお手伝いに参りました。部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
と、この邸のメイドの声が聞こえた。
……支度を手伝う?はて?
私は今までずっと自分で身支度をしてきた。誰かの手伝いは必要ない。
「あ、あのもう自分で出来ましたので…」
と扉を開けると、
「まぁ。お早いお目覚めでしたか。ベルを鳴らして頂ければ直ぐに参りましたのに。気が付かず申し訳ありません」
と年若いメイドは頭を下げた。
私は慌てて、
「私はいつも自分で支度を整えているので、必要ないんです。お気遣いありがとうございます」
と頭を下げた。
私はまだ侍女なのだが…。
昨日の私も、今日の私も同じ『シビル・モンターレ』であるのに、周りの態度は 百八十度変わってしまった。
嫌でも自分の立場を認識せざるを得ないが、なんとも、自分が自分じゃなくなるようで、恐ろしい。
朝食を食べた後、私はミシェル殿下の元へ向かう準備をした。
馬車で二時間程だ。昼前には到着出来るだろう。
私が馬車に乗り込もうと外へ出ると、たくさんの護衛が待っていた。
私は首を傾げるも、イヴァンカ様は、
「仰々しくて、ごめんなさいね。でも、王太子殿下から、くれぐれも貴女の安全を守るよう、言付かっているの」
と少し眉を下げ、私に申し訳なさそうに謝罪した。
…これは、断れないって事ですよね。確かに、何かあって、責任をとるのは、フェルト公爵になってしまう。
「私、あまり外に出ない方が良いんですかね?」
自分が動く事で、たくさんの人に影響を与える事に思い至り、私は青くなった。
「一生、王城で過ごす事は出来ないんだから、気にする必要はないわ。…と言っても貴女の性格だと、気になっちゃうわよね」
とイヴァンカ様は苦笑する。
「はい……何だか申し訳なさで心が苦しいです。私は私。自分自身に変化はないのですが、もうそう言う訳にはいかないんですね…」
と私はつい俯いてしまう。
「そうね。今まで通りという訳にはいかなくなるでしょうけど……慣れるしかないわね」
とイヴァンカ様は俯く私を励ますように、背中を擦ってくれた。
それだけで、何故か涙が出そうになる。
……慣れる事が出来るのだろうか…。
なんとなく暗い気持ちで馬車に揺られる。
外に目を向ければたくさんの護衛。
公爵家の豪華な馬車に揺られる私が着ているのは、いつものお仕着せだ。チグハグ感が半端ない。
ミシェル殿下が昨晩泊まった宿屋に確認した所、湖の近くの町に散策に向かったと聞き、そちらに私も向かう事にした。
しかし、この護衛の数では目立ち過ぎる。
なんなら殿下に付いてる護衛の数より多いかもしれない。
私はなんとか頼み込んで、護衛を二人までにしてもらった。
残りの方々には心からお礼を述べて、豪華な馬車と共にお引き取りいただいた。
さて、こんな風に護衛を引き連れた私に、殿下は必ず『何故だ』と訊ねるだろう。
やはり、殿下には先に言うべきだと思うのだが、私がランバンに付いて行かない事で、殿下を不安にさせないか、心配だ。
私は考えて、付いている護衛の方に、遠くから見守って貰うように、お願いした。
かなり渋られたが、ミシェル殿下には、王城に戻ってから、今後の事を改めて話したい。
ここは、私のお願いを聞いてもらう事が出来てホッとしながら、私は殿下の元へ向かった。
殿下は久しぶりの外出の為か、機嫌が良かった。
ここら辺には、高価な宝石を売る店も、流行最先端のドレスショップもないが、そんな事を気にする様子もない。
今までの殿下なら、きっと、文句の一つや二つや三つや四つ出ていてもおかしくはないのに。
殿下は私に、
「別に戻って来なくて良かったのに。あんたが居なくても別に困ってないわよ」
とほんの少し、いつもの顔を見せたが、
「ランバンはね、気候が温暖で、冬でもあまり寒くないらしいの」
とか、
「ランバンは、とても珍しい果物があるらしいの」と、外出先での解放感も手伝ってか、私に習いたてのランバンの知識を披露して聞かせてくれた。
殿下は、あの婚約破棄から、随分と変わった。
もちろん良い方に。
今までの殿下であれば、自分で状況を変えようという努力をする人ではなかった。
今の殿下は、少しでも自分がランバンに馴染めるように、ランバンの国民に受け入れて貰えるように、殿下なりに考えてそれを行動で示していた。
殿下は変わろうと努力している、では私は?
今の私は前までの殿下と同じではないのか?
嫌だ嫌だと言いながら、それから逃れる事ばかりを考えて、相手の気持ちや考えを知ろうともしていない。
誰かがどうにかしてくれるのではないかと、そんな事を期待して、現実逃避をしているだけだ。
私は、微笑みながらランバンを語る殿下を見て、自分の事を恥ずかしく思っていた。