第四十五話
「ちょっ!何を言っているんですか!そんな事無理に決まっているでしょう!」
その言葉に一番早く反応したのは、コルッチ様だ。
側近である彼はめちゃくちゃ慌てているが、クリス様は逆に落ち着いてきたようだ。
「何故だ?過去にも王太子に立太子しながらも、他の者に代わった例はあるだろう?」
「それは、病気などでやむを得ない理由があった場合です。好きな女が王太子妃になりたくないからと王太子の座を降りた者など居ませんよ!」
「前例がないなら、俺がそれになれば良い。第一号だ」
「馬鹿言わないで下さい!そんな事、陛下がお許しになるわけないでしょう?!」
「別に俺じゃなくたって、代わりの者は居る。陛下の三人の息子は、全員優秀だ。
私がアイツらに勝っているのは、剣の腕ぐらいなものだ。為政者としては、アイツらの方が余程向いているだろうよ。
俺は元々、国王の座にも興味はないんだ。
シビルが手に入るなら、そんなものは必要ない」
……二人のやり取りを唖然として見つめていたが、自分の名前が出た事で、我に返り、真っ青になる。
私のせいで、この国の王太子を辞めると言っている人が居る。…嘘でしょう?嘘だと言って!
そこにイヴァンカ様が、
「殿下!落ち着いて下さい。シビルが王太子妃を重荷に思うなら、それを補佐する者を付けましょう。
なるべくシビルに負担にならぬよう、配慮いたしますので、殿下もそのような事を仰らずに…」
と言うと、
コルッチ様も、
「そ、そうですよ。殿下が王太子を辞すよりも、その方が建設的です!」
…あぁ……たかが侍女の扱いに、皆が苦慮してしまっている。
こんな事になるなんて……。誰も想像していなかったせいで、冷静なイヴァンカ様まで慌てる始末。もう居たたまれない。
クリス様は、何だかんだで私の動きを封じてくるなぁ…これじゃあ、私が全て諦めて、王太子妃になる事を受け入れるしかないではないか。
確かにさっき、覚悟を決めたと言おうとした、したけどさぁ……もう、前にも後ろにも進めないではないか。
クリス様は、
「この国は、俺が居なくても大丈夫だ。
あぁ、もちろんちゃんと次期国王を支えていく。それは変わらん。一応公爵家の者だからな。
でも、公爵家を継ぐつもりもない。あそこはオーランドが継げば良いからなぁ。
ん~なら騎士として手柄を立てて騎士爵でも貰うかな。シビルを苦労させるわけにはいかないしな」
……なんだろう、私がクリス様と結婚するのは、決定なんだ。そうか……まぁ、うん。
クリス様が嫌いな訳ではないと言ったけど、別に好きな訳じゃないんだけどな……。
今、それを言うのって空気読めなさすぎよね。わかってる。
三人が、私を無視して話を続けているが、これを止められるのは、私しかいない。不本意ながら。
「あの……ちょっとよろしいでしょうか?」
と、私は発言の許可を得るように、右手をおずおずと挙げながら、弱々しく声をかけた。
「なんだ?」
クリス様は私を見下ろす。威圧感が半端ない。
「王太子殿下が、その座を辞する必要は御座いません」
「は?お前は王太子妃になりたくないのだろう?」
なりたくない。なりたくないに決まってる。
でも、そう言ったら、クリス様は王太子殿下の座をあっさりと手放してしまう。
「なりたくない……というか、私に務まるかどうかわかりませんし、何なら自信もありませんが、少しでも、王太子殿下のお役に立てるよう、これから努力致します……」
人間、言いたくない事を言う時には、自然と声が小さくなるものなのだなぁ…としみじみ思う。
今の私の声はそこら辺に飛んでいる虫の羽音ぐらいの小ささだったと思うが、獣人であるクリス様の耳はしっかりその声をキャッチしたようだ。
「ん?ということは……シビル、お前は王太子妃になっても良いと言うのだな?」
「……………………はい」
さっきより、更に声が小さくなってしまった。
その答えを聞いたコルッチ様は、
「良かったじゃないですか!これで、王太子の座を放棄する必要はなくなりましたよ!シビル嬢本当にありがとう。腹をくくってくれて。
ちゃんとシビル嬢が王太子妃として不安のないよう、配慮します!」
コルッチ様はお礼を言いながら、私に近付こうとするも、その行く手をクリス様が阻んだ。
「シビルに近づくな。それに名を呼ぶな。家名のモンターレ伯爵令嬢と呼べ」
「はぁ……あの俺、既婚者ですよ?」
と呆れた声で、コルッチ様がクリス様に反論するも、
「それでも男だ。そうだ!お前、嫁を貸せ!」
「はぁ?何でうちの嫁を殿下に貸さなきゃならんのですか!嫌ですよ!」
そりゃそうだろう。突然、嫁を貸せって。どういう事だと思うに決まってる。
「違う!俺にじゃない。シビルの護衛にする。ベロニカは元々騎士じゃないか、復帰させろ。ならシビルの側に男を置かなくても済む」
クリス様は良い事思い付いた!って顔でコルッチ様に言ってるけど、コルッチ様は苦虫を潰したような顔だ。
「もう引退して結構経ちますよ?他にも女性騎士はいるでしょうよ。そっちを使って下さいよ」
「ベロニカは元々俺の部下を務めていたぐらいだからな。腕を認めている。あいつが適任者だ。
もちろんベロニカだけじゃないから、安心しろ。
近衛の中から女性騎士を全員シビルに付けるように手配するが、ベロニカには一番近くで守っていて貰いたい。一度嫁に相談しろ。嫌ならまた考える」
……さっきから私を放ったまま、何故か私の話が進んでいく。
私、まだミシェル殿下の侍女なんですよ……。
ランバンに行くまでは侍女をさせてくれるって約束しましたよね?
えっと、あれって無効になりましたっけ?
一介の侍女がゾロゾロ護衛付けていたらおかしいでしょう?ってか、近衛って王族を守る為にあるんですよね?私はまだ王族でもないし、やっと覚悟が決まっただけの、ただの貧乏貴族令嬢なんですけど?
私は話のスピードについていけなくて困惑した。




