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第四十四話

クリス様が部屋から出たのを確認して十分な時間が経ってから、


「もう出てきて良いわよ」

とイヴァンカ様から声が掛かった。


私は戸棚から出て、伸びをする。


物音を立ててはいけないと言われていた。

獣人は耳も良いからと。

私の匂いと音を誤魔化す為に応接室は窓が開けられていたが、クリス様に見つかるのではないかとドキドキした。


「はぁ…緊張しました。…バレていませんかね?」


「冷静な時の殿下なら、気づいたでしょうけど…頭に血が上ってる今は大丈夫みたいよ。

ところで、殿下の気持ち少しは分かったかしら?」


「……今だに信じられない気持ちの方が大きいですが、何故か殿下が私に好意を持って下さっているのは分かりました。ただ……私の気持ちは…」


「いいのよ。急がなくて。もし、殿下の気持ちを受け入れられなくても、それは仕方ないわ。

でも、殿下にもチャンスをあげて欲しいのよ。

貴女には不本意かもしれないけれど……婚約者と言う立場は貴女を守る盾になるわ。

それでも殿下が貴女の全てを守りきれる訳ではないけれど、ただの、アルティア王国の伯爵令嬢、シビル・モンターレよりも貴女の立場を強くする筈よ」


「…分かりました。でも、イヴァンカ様に王太子妃教育でお手を煩わせて……もし私が、やはり無理だと逃げ出した時に、イヴァンカ様の時間を無駄にさせてしまいます。なので、私の覚悟が決まったら、教育を受けたいと思うのですが……」


「あら、私の事は気にしなくて良いの。どうせ暇なんだから。宰相夫人、公爵夫人とはいえ、元は私は他国の、しかもこの国と国交がない国の平民でしょう?

私に阿ってもあまり益がないからかしら、然程、社交も忙しくはないのよ。

もちろん立場はあるから、最低限はしてるけど。

それに、主人からはそんな事などしなくて良いと言われちゃってるもの。

時間はたくさんあるし、子ども達は、もうそんなに手がかかるような年齢ではないし。

それに、どんな事でも、経験や知識は貴女の財産になるわ。その財産は誰からも盗まれる事はないの。持ってて損はないわ」


…なんだか申し訳ないとしか思えないが、私がクリス様の婚約者になって、王太子妃教育を受ける事は決定のようだ。


そこまでされて、逃げ切れる気がしない。


なんだかんだで私は既に逃げ場を失ってしまっているのではないかと思う。


……腹をくくるしか…ないんだろうなぁ……はぁ。



クリス様に私が見つかったと連絡がいったのは、私が隠れて話を聞いた、あの応接室での話し合いから約半日が経った夜の事だ。


イヴァンカ様曰く、


「本当に大切な物を失くしてしまうかもしれないっていう極限の気持ちを少しでも長く味わった方が良い」

との事だったが、クリス様の我慢の限界が訪れ、王城の近衛を全て動かそうとし始めた為、焦って連絡したのだった。


私はイヴァンカ様と、公爵邸の応接室に居た。

何とも落ち着かない。


そこへ、


「シビルが見つかったと聞いたが!」

と大きな声と共に、扉が乱暴に開かれた。

クリス様と側近のコルッチ様が部屋に入って来る。


私はその声と音にビクッと肩を揺らす。


「殿下、もう夜なのですからお静かに」

と言うイヴァンカ様の声を無視するように、クリス様はずんずんと大股で私の前に来ると、椅子に座る私を見下ろす位置に立った。


…怒ってるよなぁ…。怒られるよなぁ…。

そう思いながら、私はずいぶんと上の方にある、クリス様の顔を仰ぎ見る。


私が覚悟していると、クリス様は、


「そんなに…逃げ出したくなる程……俺が嫌か?」

と、苦しそうな声を出した。


耳は後ろに倒れているし、尻尾もしゅんと垂れ下がったままだ。


私が答えに困っていると、


「だが、俺は…シビル…お前を手放せそうにない」

と呟いた。


私は、


「殿下が嫌なのでは、ありません。王太子妃になる事に不安があったのです」

と素直に答えた。


「でも……」

と私が、もう覚悟を決めた事を告げようとすると…


「シビル、お前の気持ちは良くわかった。ならば、俺は、王太子を降りる」


そのクリス様の言葉に、部屋にいるクリス様以外の全員が、


「はぁ??!!」


と驚いた声を挙げたのは言うまでもない。



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