第四十話
嫌だと言った私の顔を信じられないような者を見る目で見つめるクリス様。口も開いている。
…どうして、私がすんなり了承すると思ったんだろう?
「な、何故だ?王太子妃になれるのだぞ?普通、喜ぶ所じゃないのか?」
そもそもそこから、私達の認識が違う。
「不敬を承知で申し上げますが、王太子妃なんて、私にとっては荷が重すぎます。
そのままいけば…王妃?…あぁ今、寒気がしましたよ。絶対私には無理です。教養も身分も覚悟も足りておりません故、私以外の方を娶られますよう、お願いいたします」
私は、先の事を考えて、身震いする。
そんなモノ、恐ろしすぎてなりたくない。
私は思わず自分で自分を抱き締めた。
「身分など、どうでも良い。我が国は元々身分より実力を重んじるからな。
それに、お前は王女の専属侍女だったのだから、それなりのマナーも教養も身につけているだろう?」
「いや、私が王女付きになったのは、この国に来る少し前です。そもそも即席の専属侍女に、そこまで高いレベルは求められておりませんでしたし、ここ、ベルガ王国流のマナーに関して言えば、ほぼ独学です。
王太子妃になれるような、マナーも教養もありませんよ。
それに、王太子殿下なら、実のある家柄の令嬢を伴侶として選ばれた方が、今後の事を思えば、何かとよろしいと思いますよ?」
「ベルガ王国流のマナーや教養なら、これから学べば良い。お前の主だって、ここに来てからだろうが。
それに、俺は後ろ楯など必要ない。だから、お前が俺と結婚しようが何の障害もない!」
「だ・か・ら、私では務まりませんと何回も言っているではないですか!
何と言われてもお断りします!」
「ダメだと言っただろう!これは決定事項だ!拒否は出来ない!」
ニ人ともここまで一気に話をしていて、声も段々と大きくなっている。
私は喋り疲れて、少し肩で息をしているような状況だ。
かと言って、言い負かされる訳にはいかない。
ここで挫けたら一生後悔する。私は、自分の肺活量の無さに辟易していた。
私は息を思いっきり吸い込んで、
「どうして、私じゃなきゃ、ダメなんですか!?なんでそんなに私に執着するんですか?!」
と大きな声で叫ぶ。
「それは、お前が好きだからに決まっているだろう!!!」
と、クリス様は私に負けないぐらいの大声で叫んだ。
…え?クリス様って、私の事好きなの?
クリス様の告白に、いつもは能面な私も驚きを隠せない。
「クリス様は…私の事がお好きなのですか?」
驚き過ぎて、オブラートに包むのをうっかり忘れてしまう。
「ずっとさっきからそう言ってる」
と拗ねたように言われるが『好き』だなんて、今言われて初めて知ったのだ。
「言われてませんよ?今初めて聞きましたから」
と言うと、
「今までの事で言わなくてもわかるだろう!」
…えっと、察しろって事?無理、無理。
どんなに自惚れたとしても、こんな大きな国の王太子殿下に好意を持たれてるなんて考えも及ばない。
私なんて、容姿も平凡だし、表情は変わらないし、可愛げもない。
まぁ、辛うじて睫毛は少し長いかもしれない。
でもそれだけ。
自分で言ってて悲しくなるが、自己評価としては妥当な所だと思っている。
「言われなくてはわかりませんし、言われてもまだ信じられません」
「いや、そこは素直に信じろよ」
「じゃあ、とりあえずそれが本当だとして…私にはそのお気持ちを受け止めるだけの器はありません」
「何を言ってるんだ?器なんて、どうだって良いだろう?
とにかく、何度も言うが、お前に拒否権はない。脅しと思われたって良いが、お前が断ればアルティア側は結構な賠償金を支払う事になるぞ?それでも良いのか?」
…思われても良いじゃなくて、間違いなく脅しですよね?
「脅し…てますよね?私には、拒否権はないのですね…わかりました。少し考えさせて下さい」
と私が言うと、
「考える必要はないだろう?お前はもう俺と結婚するしかないんだ」
「とりあえず、ミシェル殿下をランバンに嫁がせるまで、私は殿下の侍女です。
その仕事ぐらいは全うさせて下さい。お願いします」
と私が頭を下げると、
「…わかった。王女がランバンに行くまでだ。もちろんランバンに付いて行く事は許可出来ない。その後は覚悟を決めろよ?」
と念を押され、私はやっと解放された。
…どうしよう…逃げる?逃げちゃう?
私はその後、自分が部屋にどうやって戻ったのか覚えていない。
それぐらい、衝撃的な出来事で、私は今だ混乱していた。
私の頭の中を占めるのは、クリス様が私を好きだったと言う事実より、どうやったらこの状況を回避出来るのか…という事であった。