第四話
それからは毎日が格闘だった。
ミシェル殿下との戦いは勝率二割といった所だろうか…。
そう、家庭教師の元へ殿下を届けられるのは十日あればそのうちの二日程。
なので、全くと言って良い程ミシェル殿下の勉強は進んでいなかった。
ただ私の枕を避ける能力だけは上がった。これだけで言えば勝率は十割だ。
例え起きてきたとしても、このドレスは嫌だ、この朝食(殆んど昼食の時間だが)は食べたくないと、毎日駄々を捏ねる。
これなら二歳児の方がましだと思える。
王妃様は毎日のように夕食時、ミシェル殿下に私達侍女が上げた報告書を見ながら叱責されるのだが、ミシェル殿下には全くもって響いていない。
「そんなに私に文句があるなら、今すぐこの婚姻を無かった事にしてください! そしたらもう少し皆の言うことを聞きますわ!」
とまぁ、こんな感じで王妃、そしてお兄様のライル王太子殿下に食って掛かる。
本当に誰得なのこの結婚?
「ちょっと、そこの能面女!」
これは、ミシェル殿下が私を呼ぶ時の呼び名である。
機嫌が良い時は名前で呼ばれる事もあるが、今現在、機嫌の良い時など皆無なので、この呼名で呼ばれる事が常だ。
私は昔から表情筋が死んでいるのか、表情に乏しい子どもであった。それは今も同じである。
ただ、顔に出ないだけで、喜怒哀楽がないわけではない。
「はい」
「こんな温いお茶飲めないわよ!」
……殿下のカップから描かれた、紅茶の放物線は見事私の顔を濡らしていく。
「申し訳ございません。直ぐに淹れ直して参ります」
と私が頭を下げると、
「もういらない。ねぇ、マークを呼んで!」
と金切り声で私に命令した。
昨日は紅茶が熱すぎると怒られ、今日は温すぎると怒られる。
まぁ、結局はただの八つ当たりなので、正解はない。
今日は温いだけマシだったと思おう。昨日は熱かった。
私はミシェル殿下の専属護衛であるマーク・ロイドを呼びに行く。
ロイド卿は目下、ミシェル殿下のお気に入りの一人だ。
「ロイド卿。ミシェル殿下がお呼びで御座います」
「モンターレ殿…またやられたのか?」
ロイド卿は私の紅茶色に染まったエプロンと濡れた髪で察したらしい。
でも、私はそれに答えない。
「…ミシェル殿下は自室にてお寛ぎになっておられます」
ロイド卿は騎士の控え室から重い腰を上げた。
「じゃあ、機嫌を取りに行ってくるかな。モンターレ殿は早く着替えた方が良い」
「…ありがとうございます。 では失礼いたします」 私は控え室を出て、同僚である侍女に着替えに行く事を告げ部屋へ戻った。
「あんのクソ王女!!!毎日、毎日飽きもせず!
紅茶の染みは落ちにくいんだよ!」
……私は表情は乏しいが、喜怒哀楽は人並み以上だ。不敬なんてクソ食らえ。