第三十五話
脱字報告ありがとうございます
いつも助かっています
フェルト女史は、立ち上がり、クリス様とアーベル殿下の元へゆっくりと歩いて行く。
二人は何ともばつの悪そうな顔をしている。
私はミシェル殿下の手を取り、椅子に座らせた。
ミシェル殿下は泣き止んではいるが、化粧はとれて、ぐしゃぐしゃだ。
私はハンカチでそっと顔を拭った。
フェルト女史は二人を前に、
「貴方達ニ人が、こんなにも女性に優しく出来ない人だとは、私、思いませんでした。
王太子殿下、私をミシェル王女の講師にしたのは、貴方の優しさだと思っておりましたのに。
好きな女に格好つけたかっただけでしたのね。
正直申しますけど……多分今回の事、彼女は自責の念に駆られるでしょう。王太子殿下は、今、彼女も苦しませております。彼女の心が手に入るとお思いにならない方が、よろしいかと思いますわよ?」
と言った。
途中から、私には理解できない話をしていたが、この雰囲気では、尋ねる事は不可能だろう。
クリス様は、
「そ、そんな!か、彼女は何もしていない。どうしてそうなる?」
と、かなり動揺しているようだが、やはり私には、理解できない話だ。彼女とは誰を指しているのだろう?
フェルト女史は、
「さぁ、二人はもう言いたい事は言ったのでしょう?女性の部屋に長々と滞在するものではありませんよ。さっさとお戻り下さい」
と二人を追い出してしまった。…つ、強い。
二人が退出した後、私はミシェル殿下を寝室に連れていき、少し休ませる事にした。
その後、部屋の長椅子に座るフェルト女史に私は、
「先程は…ありがとうございました」
と頭を下げた。
フェルト女史は、
「まぁ…ベルガ王国から追い出される事は変えられないわ。
でも、今回のミシェル殿下の失態について、害をなすつもりでなかった事は、皆分かっているの。アーベル殿下がどうしても結婚に消極的でね。陛下も甘いのよ、あの子には。
ミシェル王女の今までの態度があまり褒められたものでない事は確かよ。なので、良い口実にされてしまった。
このままアルティアに戻されれば、ミシェル王女の立場は悪くなってしまうでしょうね。…そこで、一つ私に提案があるのよ」
と、フェルト女史は私に人差し指を立てた。
「提案…ですか?」
私が訊くと、
「そう。これは奥の手で出来れば使いたくなかったけれど、仕方ないわ。それで、シビルにお願いがあるの」
私は自分も責任を感じていた為、直ぐ様頷いた。
「何でも致します!」
そう私が言うと、フェルト女史は、
「では、ミシェル王女をランバンの第二王子へ嫁がせます。貴女はミシェル王女を説得して頂戴」
と私の目を見て微笑んだ。
そこからのフェルト女史の動きは早かった。
即座にフェルト宰相の力を借りて、ランバン王国と、アルティア王国へ手紙を出す。
アルティア王国とランバン王国に国交はない。どうするつもりなのだろう?
私はベルガ王国を発つ準備を始め、それに平行して、ミシェル殿下と話をした。
あの時、ユリアがゲルニカ行きを口を滑らして言ってしまった事を、とても後悔していた。しかし、遅かれ早かれミシェル殿下にはその事を言わなければならなかったのだ。時期が早まっただけだ。
それに、あの時ゲルニカの事で殿下が駄々を捏ねたから婚約破棄されるわけではない。
原因はそれではないのだから、これ以上ユリアが気に病む必要はないと、私はユリアに言った。
ミシェル殿下は、未だ、婚約破棄について受け入れる事が出来ずにいる。
本心では、アーベル殿下を気に入っていた事も確かだが、アルティアに戻って、自分が今後どうなるのかを心配しているのだろう。
自分の責任で、アルティア王国とベルガ王国の関係が悪化するなんて、夢にも思ってなかった筈だ。
何だかんだ言っても、自分はここ、ベルガ王国に嫁ぐ事が変わる事はないと思っていただろう。
私はフェルト女史から聞いた話を、殿下にする事にした。
フェルト女史はランバン国王に『貸し』があった。
…そう、やっぱりフェルト女史はランバン国王の元婚約者だった訳だ。
国王はフェルト女史の冤罪を公にしていない。自分の保身の為だ。
ランバン国王は自分の王妃を幽閉した後、側妃を娶り、二人の王子に恵まれた。
その後、何故かフェルト女史をランバンへ連れ戻そうとしたらしい。
『実は愛していたと言われても、信じられるわけがないじゃない?
でも、何度も何度も謝罪の手紙を貰ったわ。
もう怒る気にもならないけれど、許すつもりもなかったから無視してやったの。
その内、私は主人と結婚したから、やっと諦めてくれたんだけど、それでも、何か罪滅ぼしがしたいと言ってね。
何か一つ私の願いを、何でも聞いてくれる事を約束してくれたのよ』
とフェルト女史は言った。
そんな大切な約束をミシェル殿下の為に使ってしまっても良いのかと私が驚いていると、フェルト女史は、
『本当は使うつもりもなかった約束だもの。折角なら人の役に立ちたいわ』
と笑って言っていた。




